50カラット会議

66号 「新聞」の役割は思索文化。しばし止まって考えるための視点が欲しい

2007年12月 発行所 「50カラット会議」

50カラット会議レポート 

66号

「新聞」の役割は思索文化。しばし止まって考えるための視点が欲しい

 

子どもの頃、「あら新聞が読めるの?えらいね」と褒められた記憶もあり、学校での壁新聞を楽しんだ年代にとっては、新聞は考えるための必須文化なのだ、というのが今回の50カラット会議とアンケートからの結論です。
極論すれば、速報はテレビに任せて、新聞は事象事件を「こんな視点からみるとこうも者えられる・・」と人閻の知識知恵体験総動員する場にしてはどうかというものでした。それぞれの新聞が培ってきた人的ネットワークが生み出す記事は、きっとそれぞれに独自の色彩を放って、読む楽しみも増えるはすと
期待もかかりました。
アンケートには、男性たちからの反応も多かったのも特徴的でした。

蛇の道はヘビに聞くシリーズ66

お集まりいただいたのは、次の4人の方々です。
自分で好きな新聞を作りたいとこの11月182号を重ねた「月刊TAMA GUIDE」の発行人佐々木道子さん、3日間旅行して帰れば溜まった新聞をまとめて読みたい山本加津子さん、40年間同じ新聞を取り続けてスクラップも欠かさない篠崎悦子さん、「小学生新聞」も読んで育ったし新聞がない生活は考えられないというノンフィクション作家久田恵さんです。
テレビ、インターネットとは「全然ちがう!」と、新聞ファンたちの声をお届けします。

 

目次

1.新聞が好き。新聞の価値は、考えさせてくれることだと思う。
2.新聞購読料1ヶ月4000円の価値。反論、解説、論評、提案で、幅広い視点を示してほしい。                               3.「知る」楽しみの提供と開拓精神こそ、新聞記事の魅力です。                                                    4.切り取っておきたい新聞の広告襴、あります。チラシは、騒閃しいだけのデザインが多く、閉口します。                                        5.他のメディアとの使い分け。
新聞記事は、読み返し、スクラップし、頭の中で反芻できる。情報としての賞昧期間は長い。

1.新聞が好き。新聞の価値は、考えさせてくれることだと思う。

「活字」には、信頼を寄せています。経験上からも、記事は推敲を重ねて書くものという認識がある。考えて書かれているはず。

●子供の頃、新聞は「おとなの文化」として憧れだった
家では「小学生新聞」を読み、小学校では「壁新聞」を作っに中学高校では新聞部は花形だった。
学生時代は「朝日ジャーナル」を持ち歩いた。

●子供にも、新聞を通して考える習慣を期待した
関心ある記事を切り抜き感想を書かせた教師に感謝している。子供の関心事が何かも理解できて、よかったと振り返る。

●今も、新聞は日常生活の一部。必要不可欠。
旅から帰っても、留守中に溜まった新聞をまとめ読みする。速報記事より、誰彼が何を言っているかが楽しみ。

 

こんな人がいるんだ!という驚きをくれる記事が好き

報道より文化的、文学的な視点での記事が多いということで、夕刊ファンは多い。「人がみえる」からだという。
こんな人がいるのか!という驚きは、社会の大勢をしめる考えへの反論だったり、決めた道をひたすら行く輝くばかりのガンコさや亡くなった人への惜別の記事であったりするが、それが快く自分の人生や暮らしを刺激するのである。
速報性よりは思索型の新聞に価値を感じる人たちには、朝刊と夕刊が一本化してもいいのではないかという意見があるけれど、夕刊の特性を「従Jと考えないようにと強調している。
もちろん、朝刊で連載された「いま学校で」や現在シリーズ展開中の医療や介護の記事にはぴきつけられていて、その丁寧な取材ぶりには「記者の名前を見てしまう」と言っている。そういえば、花形記者を生徒会で呼んで溝演していただいたことがあったのを思い出しました。記者がみえる記事も嬉しいのです。

こんな読み方しています

□「広報担当の仕事だから、日経も欠かせません」
もともと30年間雑詰づくりをしてきた山本加津子さんですが、現在はNPOの広報を担当中。ですから一般紙の他、「日経新蘭」を欠かせません。
「2紙とっていると、たまるのも半端じゃない。日経は通勤の電車の中で読んで、会社で拾ててくる。日経は、仕事している場の情報源としてば、インターネットで入ってくる情報と共に必要ですからね。
でも、日経も、個人的には夕刊がおもしろい。文芸評論とか文学的な視点での記事が充実しているし、生活欄も視点がはっきりしていて、おもしろいですよ。旅行で3日も留守にすると、その間の新聞はまとめて、ワーツと読みます。ニュースは古いのだけれど、捨てられない記事がありますからね」

□「記事を書くので、いろいろな新聞を読み比べ出来ます」
その期間購読券がもらえることもあって、いろいろな新聞を読み比べできる。それぞれの違いを比べているのは、ノンフィクション作家の久田恵さんです。
「庶民感覚での生活ノウハウに力が入っているのはサンケイ。書いた記事を読んで、感想を言ってくれる人たちも、庶民生活派です。東京新聞は昔風にいえば左翼風。朝日新聞はどちらかといえばインテリ層ね。それぞれちがうところがいい。文化の発信が単一的になったら、日本のメディアはお終いですよ」。
子供の頃から、「小学生新聞」の他に、親たちが読んでいた「文芸春秋」「オール読み物」「週刊朝日」などを見て育っただけに、「新聞がこない生活なんて、淋しすぎ!」と新聞を取らない人たちが増えていることにも、その原因を気にかけています。

□「新聞の四コマ漫画、サザエさん、クリちゃんは、新聞をのぞく入口でした」
朝新聞を取りいく役目を仰せつかった子供の特権は、最初に漫画がのぞけることだった時代がありました。
新聞の中味は分からなかったけれど、あの頃の新聞漫画は、家族みんなが一緒にウフフッと笑える楽しみがありました。
「最近、新聞で笑えるって少なくなりましたねぇ。川柳の欄くらいかしらん・・」。

□「新聞って、切り抜いて大切にしている人がいます」
20数年、多摩新聞社を主宰してきた佐々木道子さんは、子供の頃出会った新聞仕に勤める友達のお父さんに、新聞の作り方を伺って以来、「自分の好きな新聞づくり」を夢見て、実行してきました。
「最近、私達が始めた活動の1つが新聞に載ったのね。小さな記事だったのだけれど問合せの電話が鳴り続けたの。それが一段落した頃、また電話がかかってきて、記 事を切り抜いて、お財布に入れていたというのよ活動は既に終っちゃっていて、そう伝えたのだけれど、新聞って、とっておけるのよね。テレビじゃ、こうはいかない」と、嬉しそうに微笑みました。

 

2.新聞購読料1ヶ月4000円の価値。反論、解説、論評、提案で、幅広い視点を示してほしい。

「ペンは力なり」考える力をよろしく。
タイトル次第で、あっそれテレビで知ってる・・ととばすこともあるのです。これ、新聞の負け、です

●新聞記事は、タイトルで読む読まないを決める
どの新蘭も同じタイトルだと唖然。政府警察の発表そのままじゃつまらない。事件事象の受け止め方を前面にだしてほしい。

●TVレポーターは瞬発力、新聞記者は反芻力。
記者は単なるレポーターではないはず。時代背景を分析し社会の大勢に疑問持つことも大切。止まり振り返る記事を期待する。

●記者は若い。知のネットワークを広け伝えてほしい
行動力=取材力の若い記者には拍手。だが、識者、専門家などから異視点を集める、読者を取材網にする気合いも期待

再び、朝刊・タ刊の統合について

統合してしまうと不便なことがあるだろうか?と考えると、購読者にとっては、「あまり困らない」というのが、いまのところです。
その理由は、①速報メディアは、テレビ、ラジオで間に合う②夕刊で楽しみにしている「ゆっくり読みたい記事」は、夕刊でなければならないことはないい ③統合してもらうと、たまる量が、減るかもしれない④価格が安く抑えられるはず、です。                                                          ついでにいうと、「株などの金融欄は、希望の人に別刷りにして配布したらどうか」という意見もありました。
新聞の厚みは、このところ全面広告の増加もあって、「読まないページも多くつて、カサが増えた」という実感です。その代表にあがったのが、「お正月の何分冊にもなっている重いアレ」。「要らなーい!]の大合唱でした。                                                      ところで、勧誘の景品につられて、「タイトルは同じだし・・」と長年親しんだ新聞からスイッチした人がいます。「なんか合わない」気分ながら、そのままです。

新聞は、作る方も読む側も、時間をかけて情報に向かい合いたい

□ほんとに思いつきですけれど..
「三面記事なんかでも、これってどうして・・っていう事件がある。本当は、問題提起型の事件だったりすると、いろいろな視点での考えを聞きたいと思いますね。
新聞はそれができると思う。例の、妻と娘をころされた本村さんなんかも、本村さん側のことばかりやっているけれど、感情的には可愛そうと流れます。でも、ほんとうにそういう流れだけでいいのかなって、もうひとつ考える自分がいます。
新聞だったら、こうした事件をきっかけに、もう少しひいたかたちで論じられるはずと思ぅ。妹を殺しちゃったお匡者さんの家の事件も、精神的な人の事件であればその範囲で考えるのだろうけれど、どうしてああいうことが起きたのかなぁと思うと、成育歴なんかも知りたいと思うんです。
三面記事っぽくなく、今の状況の根っこがどこにあるのかを、みんなで考えたいです」「そういう意味では、臆病になっているのかもね」
「今度、裁判員制度で参加型になっていくけれど、新聞がその事件をどんな風に取り上げていくかは大きな影響があると思うしいろいろな視点を集めて新聞でみんなが考えるということも意識したいわねJ
「かつて、花王さんが”界面活性剤”について、広報部長さんが反論していたことがありましたね。消費者団体の方と討論形式の内容で、記事広告を展開したんです。ああいう形って、いいですね。
叩かれている企業ば、謝るばかりじゃ、訳かわからないですよ。花王さんの場合は、よほど自信があったのでしょうね。そうでないと、また袋叩きにあうだけでしょ」。

□先鞭をつけて掘り起こす力、低迷してません?                                                                「私、70歳以上のド素人のファッションショーをやっているのね。それをNHKが朝の番組で1時間とりあげてくれたの。介護予防の最先端を行っているような取り上げ方。その結果、200人くらいから電話がかかってきました。
テレビで放映されたら、その次ぱ新聞社からの取材。テレビより遅いのよ。
「そういえば、新聞が先鞭をつけて、掘り起こしてきたなんていうこと、このところあまりないわね。どこどこ発表という、お仕着せの記事が多い。
「企業のことは、発信源が内部告発だしね。マスコミヘの持込みって、新聞社ね」
「新聞をおもしろくするなら、反論がいい。テレビなんかで問題化された人たちは、新聞で『反論する!』ってやればいい。今問題のあんこだって、メディアにそんなに怯えないで、いいたいことをきちんと言うほうがいい。。あんこは元々ああいう扱いなんだという風に言う人がいてもいい。それでこそ、考えさせるのだからね」
「この頃はニュースソースの取り方が安易になっているのよ」「ぶったたくとみんなが喜ぶからやっているんだろうけれど、それだけなんてうんざりよね。見せしめみたいで・・」

 

3.「知る」楽しみの提供と開拓精神こそ、新聞記事の魅力です。

こんな考え方もある、こんな世界が始まった!と伝えつつ、次への展開展望を示してほしい

●言論の自由が実感できる魅力
反論の場を提供する懐の広さが必要。年代性別、生活文化や立場の違いを述べ合い、耳を貸す力を養いたい。

●人の数だけ考え方があることを認識する魅力
事件事象を、タテヨコナナメから展開してみせる力が必要。社会の大勢常識の反対側からの意見も知りたい。

●新聞自身の思想理想と実編への方法論も魅力
リーダーとして、あるいは庶民の味方として、それぞれの立場主張は明確に提示してほしい。

時代の変化に対応するための新しい活動にも期待は大さい。

新聞記事に期待がかかるのば、なにも言論だけでばない。
生活圏に直接的な接点はないが、いざというときに必要になる知識は、新聞でじっくりゆっくり読んで理解したいことである。
たとえば、医療、介護、老後の生活、家を建てたり改造しようとするときの建築等についても、転ばぬ先の杖的に知識を得ておきたいと思う。
また、世界の動き、芸術や教育の動きなど、アンテナを張っておきたいことも多くなっている。テレビでは、視覚的で理解し易い部分がある一方、映像の流れに目を奪われて、メモも間に合わないので、新問の噛み砕いた解説に期待がかかっているらしい。                                     「毎日来る新聞」には毎日続けることの提案があってもいいのではないかという声がある。たとえば新聞大学。放送大学よりマイペースで勉強ができるかもしれない。1年続ければ「介護士〇級」の資格が取れたり、3年続けると「心理相談士」になれたりする。スクーリングは系列旅行会社とご相談で。

なにが読みたいのだろう?

□地方紙の楽しみ
「地域ニュースって大切ですよテレビではあまり聴けないじゃないですか」
「でも、東京だと、そんなに自分の住んでいる場所のことを熱心に見ないわね。だって、行動範囲は住んでいる所だけじゃないもん」
「私は結構見ます,地域の広報って、おもしろいと思う」
「新聞ってとても苦慮していて、地域のイベント情報の伝逹を一生懸命やらないとって、やってますよね」
「市の仕事をしているので、目を通すようにしているけれど、中央紙以上に実力がある新聞はいっばいありますよね。地方に行くと、地元の新聞に目を通します。東京の新聞とちがって、その士地の生活や文化の趣きがあって、そういうものがその土地をそだてているんだという意味で、必要だと思いますよ。地方の新聞を読むと、新鮮な憾じがするわ」
「地方の人たちは自分たちの地域の新聞を読んでいる割合が高いと思う」「北海道なんか、朝日とか読売じゃなくて、北海道新聞でしょ。九州は西日本新聞だし、東海は中日新聞。地方の文化の特徴が残っていて、いいなぁと思う」。

□読みたい記事。
「シリーズものですね。追跡していくタイプの記事。例えば、医療の先端を追っているのには注目しています。」
「アンケートでも、医療の先端を知りたいという意見は多かった。どういうことですか?」
「だって、日進月歩でしょ"えっ、こんなガンの治療法があるのかぁなんて。 別に役に立つということではなく、知っておきたいというのが健康問題、医療」「例えば、コレステロール値なんか、ことしは取り上げ方が変わりましたよね。前は、ただ数値だった。それが悪玉コレステロール値を見ていこうなんて言ってるし医療現場での基準が変わってきたりしているけれど、そう言う知識は、新聞からでないと中々得るチャンスがないでしょ」
「私たちの年代ぱ、もう常に病気と隣り合わせなんだから、日常的に気にしてますよ」

□啓蒙時代は終わりましたね。しかし…
「90年代に急に変わったんですよ。90年代に育児は様変わりしたんです。新聞で、適切な育児情報を流して欲しいと、私なんかは思ったけれど今は、情報も、友達感覚になってきた。啓蒙がきかないということは、啓蒙できない時代ってこと。若い人たちは、上から教えられることが嫌いなのね」
「ほんとうに、若い人たちには、その人たち独特の情報のむらが出来ているわね」
「けれど、子供には新聞を読ませたほうがいいと思いますよ。テレビだけでは、目の前を情報がパーッと通り過ぎてしまうから、考えるヒマもない。バカになっちゃいますよ。私もテレビ見ている時そうですよ。何も考えていない自分がいますからね」。

 

4.切り取っておきたい新聞の広告欄、あります。チラシは騒々しいだけのデザインが多く、閉口します

全面広告でも目を見張るアートな広告が少ない。ファッションブランドは大げさなだけ

●必ずチェックするのは、書籍、雑誌の広告。
本は広店欄だけでなく、紹介欄や書評欄も、買う気になってチェック。切り抜いて、本屋さんに行くこともあります。

●映画、演劇、展覧会などのイベント欄もチェックする
仕事の合間に行きたいイベントは、切り抜いて手帳の隅に貼り付ける。但し、文字の小ささに閉ロする。

●企業の記事風広告には意外性や発見が少ない                                                                              せっかく専門家や有名人が出ていても、当たり前のことを割り振って話させているだけ。おもしろくない。

チラシニーズは。是非半々

「入っていても、そのまま除けるだけ」と言う人がいれば、「いやいや中々おもしろい」という人もいて、ニーズは半々です。
最近は、各百貨店が定期的に、小冊子風な広告を届けてくることもあり、「東急 ハンズの実用派チラシと合わせて、目の保養になっています」という人もいます。けれど、大半は、おそらくデザイナーに依頼することもなく、パソコンで自家製したと思われるチラシが圧倒的です。
「騒々しいだけ」というのも、言いたいことが整理されないからなのか、店舗の品揃えや雰囲気がそうなのか、全くその通り。毒々しいものも、かなりあります,
「おもしろい」のば、世相が見えることでしょうか。「ウチのマンションが売り出されていて、あっ今この値段なのねと分かったりする」「秋がくればスポーツクラブの広告、冬がくると塾の広告と季節感もあるし、そういえば、語学学校の広告が減った・・」など、チラシは世の中の鏡なのです。

広告、好きです。読まずにいられません

□買う気になって読むのは、書籍広告
みなさん、本には目がない、お金も惜しまない人たちでした。
「本の広告なんていうのは、どうしても見るの。本の広告はどうしても読まずにはいられないずっと前から、本の広告は好き。広告欄だけに限らず、本の紹介欄も必ず読みます。本屋さんにどんな本が出ているのか、新しく出た本の書評、プックレビューみたいのは読みたい。読みます」
「私も広告を見るのが好き」
「私の父は、いつも本の広告を切り抜いてそれを持って本屋さんに行っていたよ。80歳過ぎの頃まで。本屋さんで自分で探すのがいやだからじゃない?」
「切り抜きを持っていって、これっていえばいいからね。本の広告って便利よね。それとこの頃は、広告がおもしろいね。買いたいものがいっばいでている」

□チラシ、見る人vs見ない人。
山本加津子さんが、「私、チラシを見るのよ」と言ったとたん、久田恵さんから、「え~!あれを見るの?」と、一同でチラシ談議が始まりました。
「朝日新聞はね、私の住んでいるところの営業所は、ガリ版刷りの1枚が入ってきてね、チケットサービスがある。明治座鑑賞券とか、その紙に記入してFAXで申し込むの。映画の招待券とか。すごく確率がいいんだもの」
「うちの方もくるよ。くるげどさ、私は全部織り込み広告はバサッど捨てるから。でも、困っちゃうのよ。県民便りだとか、市民便りだとかも入っているから」。「折込広告を断るという人がいましたよ」「あら、断れるの?ふーん、断れるんだ。」
「一度チラシを断ったら、自動的に入れちゃっているから、そんなこと言わないでくださいよといわれた」
「チラシが断れるのだったら、断っちゃいますか?」「そういわれると、何だか。天ぷらあげるときに不便になっちゃう」
「月躍日の新聞には、ほとんどチラシが人ってないから、薄いから何となく物寂しい。金、土、日あたりはこんなにチラシが分厚い。ポストに入らないくらい」
「お正月はやめてほしいわよ。ろくでもない、つまらない内容はいらない。あんなに分厚くて・・すっきりお休みにしちゃえばいい。ほんと」
「私みたいにチラシをみていると、ああ、私が住んでいるこのマンションは、いまはこのくらいの金額なのね、というのがわかりますよ。だって同じマンションの一室が売りに出ているのだもの」
「時間があるかないかじゃないのよで結構見るんです。女性誌やっていたから、生活感覚みたいなものとしての情報源なの。癖になってる。スーパーのいくら安くなっているという類のチラシは要らないんですけどね」。

 

5.他のメディアとの使い分け。
新聞記事は、読み返し、スクラップし、頭の中で反器できる。情報としての賞味期間は長い。

テレビからは「とりあえず」の情報がくる。新聞は一歩先、または一歩後から、これでいいのかと問いかける自分の相棒

●TVには速報性をお任せ。ビジュアルでの分り易さは敵わない。
事件事象の成り行きを確かめるメディア。視覚で「フーン」と納得した気分になれるが、脳に留まらなない限界がある。

●インターネットは、検素に便利。思わぬ時間消費にセーブが必要。
知らないこと、分からない事を手早く教えてくれる。俯瞰的ではないが、業界領域情報には便利に利用している。

●新聞には、向き合う習慣がある。一緒に考える相手として選択している。
新しい知識を扱うシリーズやコラムは、専門書を買って読む根気が要らずに概要が掴めるよさも嬉しい。

新聞がテレビと競って焦りませんように

新聞社がテレビと経営的に同系列だということは、ニュース源が単一化することにつながらないだろうか?という心配も語られました。
けれど、読む側、見る側にこれだけの使い分けがあることくらい、新聞人たちはとっくにお見通しと、安心しています。                               新聞休刊日には朝の時間が手持ち無沙汰という年代は、「休刊日には、新聞が気合いを養っている」と考えて、手持ち無沙汰を耐えているのです。
新聞を取らない人が増えているそうです。
それって、新聞に親しまないテレビっ子をつくった自分達にも責任があるかも・・と心を痛めてもいます。
子供たちに考える楽しさを知ってもらうためにも、新聞の活用を積極的に提案していく必要もあることでしょう。
NHKテレビの「週刊こどもニュース」は、分り易さでおとなにも好評だそうです。新聞にも、週末に「こども新聞」のページをつくってはどうでしょうか。
テレビから学ぶことも、いろいろありそうです。

テレビの前で考えること。

□「ふーん」と、分かった気分になるけれど・・
「テレビって、見ていても深まっていかない。背景もこれからへの予測もない、現在だけが流れているのがテレビでしょ」
「テレビも、『クローズアップ現代』なんて、おもしろいじゃない?あれは、深めて知りたい気持ちに応えてくれるのよ。新聞はあれをやればいい。小難しそうな問題も、わかり易くなるというのがいいのね。活字は、小難しいとそのまま」
「そのとおり。でも、テレビだと、ふん、なるほどで終っちゃう。映像が消えちゃうと、考えないの。NHKスペシャルなんかでもいい突っ込みあるじゃない。でも、それだけ。それに、関心が高いからって、その本を買って勉強するというまでにはならない。新聞で知りたい範囲だし、新聞はそれができると思います」

□テレビは、視覚的映像は残るけれど、困ったことに、内容が脳に留まらない。
「日本の農業問題にしても、お米はいまこうなっているのねというのが分かるのは、テレビの解説番組のお陰ですね。映像で解説するわかり易さってありますものね」「私はテレビ見るときも、そばにメモ用紙を用意してなすぐ書かないと消えちゃうから」
「批評書かなくちゃいけないときなんか、メモとるの大変です。ビデオはとるけれど、ビデオだって流れていくのでね。メモとります。このせりふ使おうったって、正確に聞き取らなくちゃいけないし。
人間って、映像的なシーンはおぼえているけれど、内容は覚えていないのがテレビ。 コメンテーターだってそうでしょ。どんな洋服着ていたとか、ぼうっとしていたとかの印象は言われるけれど、一生懸命発言した内容については誰も何も言わない。覚えてない。それに、テレビ的にきちんと言おうとすると、みんな芸人風に「一言」って風になる。でも、物事ってそういうもんじゃないから・・・。私はやっばり、書いたものを推敲して出す、という仕事がいい」
「テレビに出てモノを言っている人たちって、有名にはなっているけれども、本当の専門家かどうかは分からない。思考型、思索型の人は、ああいう喋り方は下手だもん!無理ですよ。テレビは、反射神経人間用です。新聞は、考える人用にきちんと存在して欲しいですね」

□新聞記事だって、パーフェクトじゃない。
「取材させた方からいうと、どうしても不満が残る。あんなに聴いて行ったのに、あれだけ?とかね,だから、記者とか新聞の切り口や視点からの記事なんです」「取材されると、それはよく分かりますね。ひどい!って思うこど多々ありまず」
「一生懸命教えてあげても、全然理解していないこともあります。強調したことが書いてなかったりして・・」
「ただ新聞は部数も多いし、その力がある。よく読まれているんだなぁって実感するんです。その影響力で、考える人を作って欲しいですね」。

 

TOP