50カラット会議

69号 食べる知恵は、私たち世代の文化遺産。

2008年6月 発行所 「50カラット会議」

50カラット会議レポート 

69号

食べる知恵は、私たち世代の文化遺産。

 

体と心の「養生食」

バブル経済とグルメ時代はセットだった、そのあと始まった健康志向時代は更年期とセットだったという体験もある50代60代。
それが近頃、あるがままそのままの暮らし方、自然のリズムを互感で受け止める食生活を取り入れ始めた様子です。
買い物に出かけて目に留めるものが変わってきたし、気づいてみると食卓は野菜料理が増えた、お取り寄せも季節が来るのをじっと待つ楽
しみとセットになったという声がざわざわ・・                                                            食の楽しみへの拘りは、人生への慈しみのよう。これからだから出来る、今だからやらなくちゃの養生レポートです。

蛇の道はヘビに聞くシリーズ69

食べる知恵は、私たち世代の文化遺産。

グルメ時代、健康志向時代を潜り抜けた50-60代の食卓に、どんな変化がおきているのだろうとお集まりいただいたのは、次の5人の方々です。
外国生活でもランチタイムは各国の市場めぐりだった安達みゆきさん、昨年東京生活を仕舞って勝沼で夫のギャラリーを助ける井上陽子さん、山菜ときのこのことならこの人大海勝子さん、来年の今頃は九州の能古島で畑も楽しむつもりという檀晴子さん、食は文化を知る近道と食の探訪をテーマにする旅行会社の戸井川裕美子さんです。
司会進行の田村亮子は、終って一言、「縄文文化人の会議でした!」。

 

目次

1. 自由に動ける、歩けることの大切さを実感する年になりました。55歳の筋力を持ち続ければ、暮らしが楽しめます。
2. 使わなければ老化ヘ一直線の筋肉です。骨を支える役目柄、骨より先に衰えるわけにはいきません。
3. 年をとれば、骨が磨り減るのは当たり前。背骨もまっすぐ水平に縮めば、曲がらす痛ますの理想形。                                 4.55歳の筋肉維持は、日常の努力範囲で可能です。トレーニングならプロの指尊で効果的に。                                    5.骨粗しょう症予防、ヒザなどの関節痛予防など、骨強化対策の基本は食生活から。                                         6.野菜は飽きない。近頃、メインディッジュです。茄でておかかに醤油、焼いて塩とオリープ油..et c

1.思えば、グルメ時代、健康志向時代の真っ只中を通ってきた。
体によいものを美味しく食べる知恵は、私だちの文化遺産。

バブル経済とグルメ志向はセットだった。

バブル経済時代のおかげという実感は、日本になだれ込んで来た世界の食材、香辛料、調味料が手に入りやすくなったことが一番です。それ以前は、外国で
食べたあの味あの料理を再現するのは容易ではなかったからです。健康志向時代には、食品の選び方、上手な食べ方も学びました。

胃袋と舌で料理文化を体感したのが私たちのグルメ時代。

●未知なる料環珠との遭遇に夢中だった。                                                    外国の新しい料理、本格味 にワクワクしたグルメ時代。バブルの恩恵で、未知なる味、リッチな食べ方、贅沢や無駄も覗き見した。貴重な体験をさせてもらった。

●旅行のテーマは「食」になり、女性の旅ブーム                                                 ヨーロッパはもちろん、中国東南アジアに、女性たちは料理と味を求めてパワフルな旅をした。世界の食材、香辛料、調味料ニーズが高まり、入手し易くなった。

●一億総グルメ情報時代だった                                                            テレビ、雑誌、出版物こぞってグルメ特集。日常食も「B級グルメ」としてランク付けされた。味への拘りが広がり、本格・本場味のレシピに注目した。

➡飽食と更年期のあと、「ヘルシー志向」時代がタイミングよく始まった。回復しにくくなった体実感から、「ヘルシー」への移行は加速度的に進行した。

➡これからは、グルメとヘルシ一時代の体験を生かして、豊かで美味しい健康的な食事をしたい。
グルメ時代に忘れていた古来の伝統食にも知恵を借りたい。

 

グルメ体験はさまざまです

◇安達さんは、未知の世界のものを食べたい一心でアジアの市場を彷徨いました。
「あの頃、マレーシアのクアラルンプールにいて、私の直接的なインド体験のチャンスでした。ですから、その辺の町中の食堂にひとりで行きました。
私は興味津々で、辛くたって苦くたって平気だけれど、銹われて行く人にとっては苦しみだったりもするかもと、ひとりで、お昼になると出かけていました。
あるレストランでは、入口を入るなり、あっと鼻をつまんで食事にたどりついた位に香が焚かれていたりしてね。食事する前に鼻が麻痺しそうなレストランも体験しました。マレーシアの市場も、香が焚かれているインド人の材料の場所を通らないと中華材料のところに行き着けなくて、その匂いの場所は息をとめて通り抜けました。異文化への興味、それだけでしたね」。30歳頃のことです。

◇戸井川さんは、旅先での食べ物への挑戦エネルギーに圧倒されました。
「旅先の新しい体験として、食べるものに挑戦したいパワーはすごかったですね。情報量がすごくて、行って食べたことがなくても、皆さんよくご存知という状況でした。グルメ体験より情報体験が先行していましたね。情報のおかげで、以前は餃子とラーメンしか知らなかった人たちの間でも、中国料理が広がりました。グルメ時代には、情報による欲求の変化を感じました」。

◇井上さんは、仕事先で地方の美味しいものに舌鼓を打つ機会に恵まれました。
「家の中では母がつくる洋食が多かったのだけれど、フランス料理やイタリア料理を食べたのは、 25歳過ぎてから。ヨーロッパに行っていて、帰ってきてお勤めしてから。イタリア料理が多かったですね。でも、私が行っていたのは、今のイタリアン・レストランのようではなくて、ピザやスパゲティ屋さんに毛が生えた程度のお店でしたね。高級なお店もあったのでしょうけれど、自分の世界とは違う所だったんです。
ただフリーになって仕事をしていましたから、地方に行ったりすると、そこでご馳走してくださったりして、その土地の美味しいものをいただきました。四国の美味しいお魚屋さんに行ったりというのが、自分のグルメ体験だったのかなと思います」。

◇檀さんは、檀一雄さんの「檀流クッキング」で日常家庭料理がグルメ級でした。
「私は、グルメって何ですか、バブルって何ですか?ですね。外食をずっとほとんどしていないです。育った家はごく普通の家だったけれど、嫁いだ家では、世間でグルメ料理といわれていたものは、日常的に普通の料理でした。珍しい料理ではなかった。
父親が主導権を持っていましたから、父親が世界各国、日本のあちこちを動きまわっていたことで関心をもったものが食卓に出ていましたから、私たちはそれで暮らしていました。確かに、あの時期は、材料が手にはいり易くなりました。
父親が必要とする材料を探さなくちゃいけなかったのだけれど、それまではなかった。シャンツァイの種を渡されて、蒔いてくださいって言われてました。香辛料のコリアンダーはありましたけど、生が必要だったの。それをわざわざ横浜に買いに行かなくちゃいけなかったりしたけれど、その頃は割りに手近なデパートでも買えるようになりました。いまは、中華材料でもなんでも、まさかというものまで、ありますね」。グルメ時代には食材が入手しやすくなった功績があります。

2.「養生食」が始まった。体にも個性がハッキリする50代。弱いところには養生を施す。

●不調がでたら一時的に療養食に徹する                                                     風邪以上の負担感、疲れ等の一時的不調は早めに対処する。体と心を癒す「こんな時のあれ」を持っている50~60代。体が安らぐ食事をします。

●生活習慣病が出たら3か月は徹底治療食                                                     夫の糖尿病を察知したときは、「朝人参ジュース、昼とろろそば、夜は何でもお好きにどうぞ」の治療食を徹底。15㎏減量に成功、70㎏にたった。成功後はそれに「+α」

●美味しくても体によくても「過食は毒」と心得る。安酒は飲まない                                          ご飯もお酒も美味しく食べたければ、体を動かす生活が一番。「安酒は体に悪い」は大酒のみだった父の教えだから守っています。

➡「養生」の基本は、自分の体をしっかり知ること。
自分の体と心の安定食が「養生食」。子どもの頃は「ごはんや野菜はいいから肉を」といわれて育った。この頃は野菜やご飯中心に、グルメ時代に覚えた世界の調味料でヘルシー&おいしい養生メニューづくり。

養生の基本は、お腹をすかせて食べること。

安達さんの「ビールを美味しく飲む会」は、テニスで汗を流したあとで・・がいつものルールだそうです。
井上さんは、昨年から勝沼暮らしになりましたが、「なんたって、庭仕事、 畑仕事のあと、一風呂浴びてからのお酒とごはんのおいしさは、都会では味わえなかったこと」とニッコリ。
時間になると食べる=三食規則正しくという生活とは違う健康感が漂います。                                                 50-60代になれば、「努力なくして健康なし」は、体のどこかが教えてくれますが、その基本が食事。それも、「お腹をすかせてから食べる」は、一番簡単に見えて、中々難しいのです。お腹がすく体を動かす生活、次の食事までに消化できる量の食事、それとも一日2食にしようかな…。

それぞれの養生食

□井上夫妻の養生食は、お酒に始まる。
「ウチはずっと毎日飲んでいるから・・基本は日本酒が好きなのですが、ワインもいいと一日置きです。私は、お酒飲んでいるということがあるかもしれない。開き直ってる。やっぱり体にいいんじゃないかと気にするというのは、体に変調があったりすることももちろんありますけれど、日頃の食生活が不安だったりすると、健康志向の方にいくのではないですか?大病した人も、そちらの方向にいくと思いますね。
姉の連れあいは、ガンになって、ロイヤルゼリーをずっと飲んでますよ。それも、どこかの養蜂場のものだとか..それが効くかどうかはともかく、飲んでいると維持できるという安心感があるのだ,と思います。プラス効果ではないけれど、マイナスにならないというところなのかな。父から安酒は飲むなと言われていたので、お酒はいいものを選んでいます」

□檀さんは、ご主人の療養食にお付き合い中です。                                                  「健康食というより療養食。亭主が糖尿病予備軍。ここで反省しないとという境目にいます。
反省すれば普通に戻れるというところなので協力して、本屋さんに行って、血糖値が下がる本とかか、簡単にできるものを買ってきました。たやすく出来そうなのを選んできた。そして、その食事のやり方を徹底、3ヶ月続けて、15キロ位やせました。それまでは、食べ過ぎていたということですね。
それに付き合って、食事は一緒です。朝は人参ジュース、昼はとろろそばだけ。夜は何でもいい、お酒も..というやり方です。そしたら、ほんとうに体重も減ったし、血糖値も正常になりました。脂肪肝は、完全に治りました。
治ってからも、療法食を基本にして、朝はパンや野菜サラダも食べようという風にしています。お昼も、とろろそばじゃなくて、もうちょっとおかずを付けようって。人参ジュースもそばもおいしいから続いているし、夜は何をどれだけでもいいというのがいいですね。でも、胃袋って、小さくなる。夜もそんなに目茶苦茶には食べなくなりました。気がついたら、ステーキも半分くらいになっているし、トータルで食べる量が減っています。基本方式を身につけたからべこれからも基本を頭に置きながらいきます。
この頃は、ふつうの朝ごはんに人参ジュースをのんでいるのだけれど、ビタミンがしっかり摂れている安心感もありますよ」。

□戸井川さんの90代の父君は肉が大好物。「お誕生日はステーキハウスです!」
「100歳とか90代の方でお元気な方は、みなさん肉が好き。それも牛肉」「肉に長生きの酵素があるのかな?J
「ほんとうに、100何歳まで生きている人の話には、肉が出てくる。枯れていなくて、行動的ですもの。しつかり食べて、年寄りっぽくない。真剣勝負で食ぺていますよ」「80代ではあまり聞かないんですけれど90代の人だと、肉ですね」
「肉食派は、ボケていない。あの人たちは、肉大好きです」「豚カツとかも好きですよね」「父は、誕生日はステーキハウスですから!」。肉が養生食なのですね。

3.食べることは楽しい。食べものには、日々の暮らしを元気にする力がある。

●子供詩代も「食べること」は毎日の楽しみだった。
「ごはんですよ!の声に飛んで行った」「食べさせませんよ!と言われると親に従った」など、ごはんの威力はすごかった。親の愛情や心配りも食卓で実感した。

●食への関心は元気のバロメーター。人は元気になると食べ方も積極的になる                                               心を閉ざしていた人が「美味しい!」と喜んだ思い出は、忘れがたい喜び。食べものの力とその人への印象を鮮明にした。

●楽しい人との食事では食欲も旺盛になる                                                             仲良しグループの旅行での食欲はスゴイ!笑いながら「美味しいね!」と言い合える食卓には幸せが広がる。

➡料理する原動力は、食欲と食べさせたい人の喜ぶ顔。食べものは万国共通、年齢性別不問の関心事。「笑ってごはん」食べて、元気になりたい。

若いときは、ワイワイいろいろが楽しかった。いまは、しみじみ食卓に並んだものを慈しむ。

気がふさげば、食欲は湧かない。食欲がなければ、買い物にも積極的になれないし、料理の工夫も広がらない。まして、食卓に機嫌よく向かうことも出来ない。けれど、そうした気持ちを元気にするのも「食べもの」である。さまざまな文化で育った人たちのパーティを仕切ってきた経験者は、「話題は、テーブルに並べた食材や味、食べ方の背景にある逸話で十分」と言い切ります。
「いまや取り立てて話すことがない夫とも、食事のときは並んだ料理が話題を提供してくれる。食べるときはよく話しますねえ」と笑う人もいます。目の前の食べものは話の泉。あだおろそかにはできません。「毎日少しの工夫を新しく」、料理はわが家の文化遺産なんです。

それぞれの食卓

□井上陽子さんは、長年「食事日記」をつけています。
「昨年の8月に、東京生活をすべて引き払って、山梨の勝沼に移りました。主人とふたりで住んでいます。何をしているわけでもないのですが、主人がギャラリーをやりたいというので、一緒にやっています。その傍ら、空き地で畑をやっています。野菜を作ったりしています。
もともと勝沼はぶどうの産地なので、畑をやっている家はあまりないので、みんな素人っぽく作っ ているようで、私もいろいろ言われずにやれています。それでも、採れた野菜は新鮮でおいしい。東京にいた時は、家から出ればすぐマーケットもあるし、外食もできたのですけれど、今はもういう生活はできませんので、ほとんど自分で作らなければいけないという状況です。
やってみたら、毎食お食事も作ってますので、やれるもんだなぁって思いました。楽しみながらやらなくちゃとは思っています」
「食事日記は、毎夕のお料理と食卓の様子を、主人が撮って私が献立を書いています。本当は食卓の向こうの景色もいいのですけれど、夜は暗くて写真の背景として写らず残念・・
ギャラリーで作家のお友達とかで食事会をするのですが、その時の献立も、あとであの時はこれだったとか振り返ることができます。東京にいた時より、かなり料理はするようになっています。腕前も上ったかもしれない・・」。

□うつ病の友達は、食事に関心を示さない。回復期になって、丁寧にダシをとった煮物を「美味しい!」と食べてくれた時は感動しました。
「私のまわりで、うつ病になる若い人が多くて、知っているだけで3人。彼らを見ていると、食べるものを決められないの。例えば、中華料理店に行って、ひとり一品選ぼうってことになるでしょ。でも、彼は決められない。
4人いるから、それぞれが好きなものを頼んで、みんなで食べようって言って、私これにするなんて決めていくのに、彼は決められなくて、結局、餃子、好きでしょ。餃子にしたら?なんて、周りが決めてる。うつ病の子は、3人ともそうでした。食に興味がないのかもしれない」
「私も知っています。メニューもだけれど、お箸の持っていく先が決まらないの。前に座っている人をじっと見て、食べていく。ごはんを食ぺればごはんを食べるという具合なの。人の真似でしか食べられない」「そこまでいくとすごいですね。欲望が素直に出てこなくなるんですか?」
「そうじゃなくて、決定が怖いんです」「私が知っている3人の内の一人の人は、良くなってきたんです。この前、北海道から久しぶりに遊びに来たの。その時に、お父さんも一緒に来たので、どうってことない野菜のお煮しめを出したんです。ちゃんとダシで煮たものですよ。
それを食べたら、美昧しいですねって言うの。人参も高野豆腐も。旨いなぁ。こんなに美味しいもんなんだって。35歳の子なんだけれど、他のものを食べても美味しい、美味しいって言って。9日間北海道からドライブしながら来て、『いろいろなところでごはんを食べたけれど、ここのごはんが一番美味しかった』って書いてくれた。感動しました。忘れられません」。そういうふうに心を溶かしてくれるのが、お料理だったりするんですね。

 

4.旅先、お店で食べる楽しみは、土地や人の文化に触れる喜び。
日本の土地、季節、伝統にはイマジネーションも広がる。

食べれば、その国、土地、人の文化を感じられる。

美味しいまずいじゃない。育てた、作った、食べた気持ちが通い合う喜びが、「美味しかった!」と言わせるのだと思う。

●土地ならではの自然の恵みには、先人たちの食べ方が気にかかる。
山菜、木の実には、土地の貧しい歴史も付いてくるが、自然への感謝が収穫につながると信じてきた歴史や育てたリーダーたちの話には興味が尽きない。

● 食材への向き合い方にひかれて訪れるお店がある
立派で高級なお店ではないが、ちょっといい居酒屋での外食は楽しい。国内ワイン産地のレストランで、あれれっのインテリアに出あって、文化度の大切さ
を実感した体験もある

●わが家の食卓は、野菜文化に挑戦中。
旬の野菜を美味しく上手に食べたい。グルメ時代に覚えた香味調味料、健康志向時代に知った食べ方で、日本の伝統食から前菜風まで野菜メニュー開発中。
但し、茄でて和えるが基本。

母から娘へ、姑から嫁への伝承に失敗した。
けれど、私たちの幸せ食卓ぶりを横目で眺めるはず

若い人たちの料理情報は、ママ友といわれる同年代同士、雑誌、「クックパッド」などのウェブサイトからになりました。
図書館でも、料理ページをくっている若い人を見ることがあります。生活行事の度に近隣の家の主婦たちが集まる習慣があった頃は、台所は知恵の交換場所だったにしても、今はホームパーティもお惣菜を持ち寄る時代。                                                        けれど、子育てに追われる娘たちにも、ゆっくり幸せに食べる風景は心地よいはず。
そういえば、訪ねてくる娘は「いつも嬉しそうに作ってるのねぇ・・」と笑います。そりやあそうです、私たちの年代は、楽しみのために作って食べているのです。いつか自分も!と思わせてやりたいと、私はキッチンで娘の視線を意識します。

それぞれの文化体験

□旅行会社の企画をやっている戸井川さんは..
「旅の楽しみは見ること買うことがあるのですが、なんといっても食べること。食べる楽しみをあくなき追求中です。
お客様に食べ物関係が多いということもあって、食べものについていろいろ教えていただくことも多く、どうやって食ぺることを楽しむかが私のテーマです。旅先というのは、文化探訪ですから、美味しいマズイでなくて、その土地ならではのものと味になります。ところが、最近は、本や情報で”あれ”と思っても、もう今は現地の人は食べていないと言われることがある。どこの国も、同じような状況です」。

□アウトドア派から「道草料理研究家」になった大海勝子さんは・・
「ツノハシバミという、昔はどこにでもあった実なんですが、ヘーゼルナッツの味がするんですが、これの逸話なんか、伝わらなくて淋しい。
昔は山仕事で、5月から11月までお父さんとお母さんが山に入っちゃうの。すると残された子どもは、おじいさんお婆さんと待つのだけれど、その時両親は、ツノハシバミとほうずきの実を置いて いく習慣。だから、春が近づいて、ツノハシバミをみると、別れが近づいたときの悲しみを思い出すそうなんです。
秋がきて、両親が帰ってきたときに、恥ずかしくておばあちゃんの背中に隠れてのぞいた子どもの頃を思い出すそうです。そんな風に日々の生活とつながっていたんですよね。食べ物の生い立ちというか、文化や歴史が分ってくるのも、余裕でしょうか。雑草といえども、昔はその土地の藩主の保存食になっていて、食べつないできたものだとか・・」。

□井上さんの「ちょっといい居酒屋」
「たまたま新宿と銀座にそういうお店が2軒ずつあるので、交互に行ったりしています。
どちらかというと、自分達では作れないものを食ぺるのですけれど、店主の性格とかこだわっていることが仄見えるところに行きたいと思います。
私たちが行く所ですから、そんなにスゴイお店じゃないのですが、そこで同じようなものを食べるにしても、その中の1軒のお店は、老夫婦がやっていて、女将さんが自分でダシをとって煮物を作っている。汚い店なんですけれど、煮物が美味しいし、やっている人の食べ物への気持ちが伝わってくるのが嬉しい。もう70代なので、いつまで続くかは分らないけれど、やっている間は行こうかなと思います。私たち自身も歳をとっていくから、お互いですよ」。

□安達さんのお気に入りは、板さんが打つ香川のうどん。
「私の入っているクラブでは、水曜日は和食の板さんが、香川のうどんを打って、タコの料理とか旬の野菜、竹の子とか旬の料理をしてくれる。
例えば、先週は土佐煮だったので、鶏との炊き合わせにしましたとかね。香川のうどんが食べた<て行きます。それはそれは美味しいんです、ちゃんと中に芯が通っている。
タコも自分で出来そうだわとやってみたけれど、とんでもない!プロセスに細心の神経を払ってつくったものの美味しさなんだって分りました。そういうものは、喜んで食べに行きます」。

 

5.「旬」「自然の恵み」の醍醐味は、育つ熟すを待ち、手に入れ、調理し、テーブルに載るまでの時間の楽しみ

●骨育つ・熟すをじっと待つ。
コンニャクも、コンニャク芋がとれる季節が「旬」。山菜は雪に閉ざされた山里に現れる初めての青物。春を待って出てくる「新」野菜、夏の太陽に育まれるトマト、きゅうり、秋のきのこ・・待ちます!

●「季節」を感じたらすばやく手に入れる。
週末のドライブは、農産物街道を行く。取り寄せ便のカタログの「気候によりお届け日は不確実」の文字をドキドキしながら読む。採れたて朝市のある町が羨ましい

●洗い、調理し、テーブルに載せるときは、五感全開
出来上がりを待つ時間に美味しさが熟成するとしみじみ感じるこの頃。時間との戦いだった子育て中には思いもかけなかった美しい時間が来た。

➡旬を食べる度に、野性のエネルギーに感励する。
香り、色つや、味、張り。「食べ過ぎれば毒」になる強い個性。初物には、慈しみと緊張感が走ります。

旬の先取りには、魅力を感じなくなった。幸い、旬以外にはその時ならではの食に恵まれている。

産地の農家と契約して、旬の野菜やお米を送ってもらうという檀さんは、お米と一緒に送られてきた手紙に、目からウロコが落ちる体験をしています。
コンニャクがおいしいから、お米を送る箱の隙間にコンニャクを入れて欲しいと言っておいたところ、「コンニャク芋の季節まで待ってください」と書かれていたのだそう。
朝市などに行くと、切り口から水がしたたっている野菜に出会ってびっくり。売っているおばさんの自慢話に、新しい食べ方をお返しする楽しみもあります。思い返せば、旬の先取りが付加価値だった時代があったけれど、熟することの味を、みなさん身を以って体験している年代なんですね。

大海さんと壇さんの自然談義抜粋

□大海さんは「縄文人」だ!
「夫が持ち帰ったハーブの苗を植えてみたり種を発芽させたりもしました。そんなものが育つていくのを見ながら、地域の食ということを考え始めたのかな。
囲炉裏で生活しているような地域に行ったりし始めて、銀杏が焼けていくのを待つ時間だの、育っていくもの、熟していくものを待つ時間がおいしさに結びついていくことを学んだりしました。
時間をかけていく美味しさというのは、外で食べるのとは違った、衝撃的な味との出会いだったですね。食べる瞬間に、極上のもの、極上の味になっていた、その味の濃さというのは、町のホテルなどで頂く味とは別でしたね。捨てがたいと思いました。そんな中で、危険と隣り合わせの野性のきのこにはまっちゃったんです。買えないからこその魅力でもあり、体を使って求めていく、あるかないか分らないものを探して行って出あう味の魅力がありますから・・」。

□檀さんは、旬待ち上手なんですね。
「最近、新潟の農家とのお付き合いで、そこからお米を契約していただいているのだけれど、そのついでに、そこの野菜とかなんだらを空いているところに詰めてくださいとお願いしています。そうすると、11月くらいからは、野菜は全くないんです。『今の時期は、塩漬けと乾物で凌ぐときです』って手紙が入ってきます。
『もうすぐ春がきますから、その時は山菜をお届けできます』って。嬉しそうな文字で書いてくるんですよ。ふっと気がついて、そうか雪深い所は`畑の準備もできないのだなって思う。
それに、準備をしてからものが育つのには時間があるのね。最初に出てくる青物って山菜なんだと気づかされるんです。その方たちとの付き合いで、待つことの楽しさを味わっています。お金出したって何したってだめということ。モノを育てていて、もうちょっとすると美味しいものが食べられるという待つ贅沢ですね。ものがないことの楽しさを味わっています。
ですからウチは、去年9月位からトマトもキューリもなくなって、今年もまだ食べていないの」。

□大海さんと檀さんの「きのこ該議J
檀「きのこ図鑑の最後に書いてありますよ。『毒きのこは少ない。食べられる美味しいきのこも少ない。食べられるけれど美味しくないきのこがいっぱい』」。
大海「きのこは大変。アカザ茸なんか、食べられるけれど、他のきのこ汁に1個入れただけで、料理全体がまずくなっちゃった。全滅、捨てました」
檀「それから『知らないきのこを食べて、何かあったら、すぐきのこ協会に知らせてください』とも書いてある。その人のその例が、きのこの資料になっていくのだそうですね」
大海「私も、きのこだけでなく山菜も、確実なものしか食べません。欲張らず、確実に鑑定しながらです。特にきのこは`幼菌、成菌、老菌があるし、それで大きく姿がかわりますし、雨に打たれたり、虫に食われたりしても変わるので、危ないです」
檀「それに、食べてすぐは分らなくても、後で焼け火箸を突っ込まれたような痛みが走るというのもあるって・・。それには、図鑑に髑髏マークがついているの・・」

一同 キャッ!

5.野菜は飽きない。近頃、メインディッシュです。蒟でておかかに醤油、焼いて塩とオリーブ油・・etc.

●新鮮な野菜を、丁寧にとったダシと美味しい調味料で食べる。                                                      丁寧な暮らしの1つは、ダシ。 1週間分の美味しいダシをつくりながら、野菜料理を思いつく。オリーブ油もいいけど、ニョクマムも・・なんて。

●旬の野菜を丸ごと食べる爽快感を味わう。                                                               大きく育った大根1本を葉っぱから尻尾まで食べつくすのは豪快な爽快感。ずっしり重いキャベツ、白菜 1つを前に何種類もの食べ方を思うだけで笑えてくる

●庭先、べランダで小さな畑。目に鮮やか、鼻に芳しく、口に歯ごたえの愛しい野菜。                                                      間引き菜もうっかり育ちすぎたきゅうりも、話題の中心。 しそ、パセリ、ハーブあれこれ・・楽しくて美味しくて、一生懸命育った姿は愛しい。

➡肉や魚は、野菜料環の引きたて役になった。                                                           野菜にまみれたお刺身のサラダ、ぬた、和え物はお魚のおかげで、メインディッシュ。

野菜の買い方

スーパーを利用する人は、出来れば毎日か2-3日ごとに、必要なものを必要な数量だけ買いたいといいます。
「きゅうりも、1本2本で買いたい」のです。
「大地の会」などを利用する人は、「申し込むと次の1週間分が届く」セットが便利といいます。共通する気持ちは、「食べたいものは、2週間先までは分らない、予測できない」ということ。それに、鮮度にはどうしてもこだわりたいからです。より望めば、産地直送、生産者直送ですが、週末に農産物街道へのドライブをしたり、朝市の町目指すのも、楽しみと実益を兼ねて好評の様子です。
「大学生になった息子は、スーパーの野菜売り場でアルバイトしたおかげで旬に目覚めたみたい」というお話もありました。家族も野菜に触れさせたいですね。

それぞれの野菜生活

□「ニラのお味噌汁に凝っています」安達さん。                                                                「日常の何気ない生活でも、お野菜を主とした生活にしなくちゃとか、どれだけ摂らなくちゃとか考え始めたんです。体が変わるのだから、食生活も変えてしかるぺきということですね。
で、『玄米、ハイハイ』『発芽玄米、あらそう』って考える。体が悲鳴を上げて、それを抑える食べ物を探していくという風だったですね。軸をずらしたのだと思っています。体に悪いからということではなくて、自分の体をうまくコントロールするのには、こっち系かなっていうことです。最近のテーマはバランス。お野菜をいかに美味しく食べるかということに、結構神経を注いでいる。肉はほとんど食べなくなっちゃったし、お魚もバランスとしては少なくなってる。それに、お酒の量が減っちゃって、少し悲しいんですけれど、自分の中にリミットがあるみたい。昔はザルと言われていたのに、今は焼酎でも、もうこれくらいで・・なんて。
それから、食べ方は和食に傾いていますね。
お野菜の料理は、必ず3品作ります。今凝っているのは、ニラのお味噌汁です。大嫌いだったのですが、京都のおばあちゃん先生から『細かく刻んでいれるといいんですよ』って教えられて以来そのように。そしたら、見違えるほど美味しくなって、切り方一つでこんなに違うのかとびっくりです。大好きになって、毎日ニラの味噌汁です」。

◇ 「家で必ず1週間分のダシをとってます」井上さん。
「煮干大きめ3つ、削り節、昆布を入れて1晩水につけておいて、翌日1時間くらい煮出します。弱火です。それで竹の子なんか煮る。普通、かつおのダシって、香りが飛んじゃうでしょ。それが残っているの!1500ccが1000-1200cc位になります。
私自身のメニューは広がっています。どこかで食べたものが美味しいと、それを作ってみようと思いますからね。新しいものは、私が好きでも夫が好みじゃなかったりすると、また引っ込むということもあるのだけれど・・
同じものを作っているということはないですね。去年の食日記を見ると、今年全然作らないなぁというものがありますから。その時々で、変わってきているのですね」。

◇ 「90代は肉好き!」談義
檀「100歳とか90代の方でお元気な方は、みなさん肉が好き。それも牛肉なのJ
安達「肉に長生きの酵素があるのかな?」                                                                檀「日野原先生、そうですよね・・」
戸井川「ほんとうに、100何歳まで生きている人の話には、肉が出てくる」
大海「枯れていなくて、行動的ですもの。年寄りっぽくない。真剣勝負で食べていますよ」檀「80代ではあまり聞かないんですけれど、90代の人だと、肉ですね」
大海「普通の健康食食べていた人は、干からびていくみたい・・」
檀「肉食派は、ボケていない。肉大好き。もちろんお野菜も食べてはいるのだけれども・・」                                                                                      井上「豚カツとかも好きですよね」
戸井川「91歳の父は、誕生日はステーキハウスですから!」

一同 すごーい!

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