50カラット会議レポート別冊号「時々いいなあと感じあう家族でいたい。」

2003年12月 発行所 「50カラット会議」

 

50カラット会議レポート 

別冊号

時々、いいなぁと感じあう家腕でいたい。
吉永みち子さんと残間里江子さんの「50代からの家族論」

 

11月8日(土)に行われました公開講座のご報告です。
吉永みち子さんはノンフィクション作家として、残間里江子さんはイベントプロデューサーとして、私たち世代の旗手的存在。
古いお付き合いがあるお二人ならではの丁々発止、阿吽の呼吸が楽しい2時間余でありました。                                        育った家庭と親たちを振り返り、終わった結婚生活やその後に始まった子供との関わり、50代からの夫婦像を語っていただきました。
お二人共、自分で作ったお墓には、もう何人もの縁者を納めたのだとか。
「気がつけば背中に小亀」という、面倒見のよいお二人です。
けれどこれからは、「家族の中の私」でなく、「私と家族」を楽しむつもり。常時いいなぁと感じあう努力も、しんどくなったし・・と笑います。

 

残間 皆様こんにちは。残間でございます。 吉永さんとはかれこれ1 0数年、まだ吉永さんが結婚というところに身を置いていた時代からのお付き合いです。私と吉永さんは、私のほうが9日後に生まれた同じ歳なんです。5 3だよね?                                             今日は家族というテーマですけど、吉永さんは家族といって思い起こすことって、何?

吉永 今、家族はいない。今ひとりで荘らしているから。家族っていうと犬かな。
「早く帰ってあげなきゃね」と思うその存在が家族だとすると、それは2匹の犬だと思いますね。                                                家族って、たとえば小さい時に考えていた家族と、1 0代の時に考えていた家族と、20代30代40代って、家族像は自分の中ですごく変わってきました。最終的に今は、家族から全て1回離れたいっていうことで、人間一人になっているっていう状況です。

家族って、どういう時に一番思い出すかっていうと、旅先でお土産を買うか買わないかっていう時。

今まではいつもお土産を買ってたんだよね。それが初めて一人で暮らして、お土産買ってもしょうがないんだって思った時に、これが一人ということかと考えたわけです。若干寂しいような感じもしたけれど、それももう6, 7年になるので、もう慣れてしまいました。

「学校で家族は何人と聞かれて、どこまでを数える?と迷った複雑さがありました」吉永みち子さん

残間  吉永さんが書いた本の中にもあるけど、かなり複雑。日本の典型的な家族じゃないな。なんというか、バリエーションとしてはすごいよね。あなたの場合。

吉永   うちの母なんかね、そういえば残間さんの大先輩だもんね。

残間  そう、「元祖シングルマザー」。吉永さんは確か自分だけがお母さんの子供だと思っていたら、ある時から時々もう一人の子供の存在を感じるように
なった。そしたら、お母さんはお姉さんに当たる人を病気で失っていたんですね。結構複雑よね。幻の家族だもんね。

吉永  生まれたときから、うちは変だぞって感じたのは、父親が6 0だったということ。私は、父親が60で母親が40のときに 生まれているから、みんな世の中ってこうだろうって最初は思いましたね。自分 の家の家族というのが唯一の家族だから。

その内人の家に遊びに行ったりすると、どう見ても家の親はじいちゃんだぞと。しかも、兄貴というか、お兄ちゃんと呼んでいる存在がいたんだけど、この兄貴と私が2 7、年が違った。常織的には、こっちが父親なんですよね。                                                 だから、なんで家はこんなに両親共に年取っているんだろう、この家は一体どうなっているんだろう、私は一体何なんだろう。私はおにいちゃんと一応呼んでいるけれど、この人はお兄ちゃんなのかなぁ?っていう不思議な思いが子供心にありました。だからよく幼稚園くらいの時に、薬売りの人とか、郵便局のおじさんが集金に来ると、必ずしゃぺってるのは自分の身の上話で、どこどこの川から拾ってきたとか、そういうようなことをしゃべっていたみたい。
ということは、自分でどうもこの家で本当に生まれたのかなっていう疑惑がきっとあったんだと思う。仏壇には、わけの分らない位牌があるし、幼稚園くらいの時に、庭で遊んでると、母親が「ああ気がつかない子だね、この子は」とか、「やっぱり優しくていい子は先に死ぬとか、早く死ぬ」とか言う。私はまだ生きているわけだし、誰のこと言っているんだろうって思ったのね。

吉永  誰かはちゃんと靴も揃えてくれたのに、お前は靴も揃えないで、一人で遊んでるって私をなじっているんだけど、その時に比較対照されている誰かがいるっていうのが感じられて、その存在を一生懸命親がいないときに家の中で捜すと、小さなゲタが出てきたりした。                                私のゲタではないし、これがもしかして母親がいつも私と比べてあっちがいいって言ってる目に見えない私の敵かと思って、そのゲタを壊したかったけど壊すとばれるから、壊さなくて。家族って言うのは本当にわけが分からなかった。                                                 その父親が、小学校3年のときに死ぬんだけども、死んだその葬式の時に、初めて「姉」に会ったの。父方の方にも姉っていうのがいて、これは去年8 3くらいで死んだって知らせがきたんだけど、1回だけ、その父の葬式で会った。
私の母と結婚する前に結婚していた時の子なんですね。
その時3 7, 8だったと思うんですけどね、すっごく年取って見えまして。これがあなたのお姉さんよ、って言われた時に、なんか年取った人だなって思って。これがお姉さんなのか、と思って「はじめまして」って挨拶をした。                                                     その翌日に母親から、お姉さんのところに手紙を書きなさい、大事なお願いをお前からしろ、って言われて、「お姉さまへ」つて書いた。                        調子がいいなって自分でも思ったんだけど、切々と親子が生きる苦しさとかを小学校3年生が訴えて、お姉さんはもう幸せな結婚をしているから、是非財産を放棄してください、ハンコをここに押して返してくださいって手紙を書いた。 返してくれて、もう姉妹の縁っていうのは全くなくなりました。                      その直後にね、学校の社会科であなたの家族は何人ですか?っていう質問があって、分からなくなっちゃったんですよ。みんなさっと書くんですね。自分の家族は4人とか5人とかって書いているんだけど、私だけが書けなくて。                                                  ずっと白紙のままでいたら、先生にあなた何やっているの?そんなことも出来ないの?と言われて。どこまでを家族といっていいのか全然分からなくなっちゃったんですね。まず父と母なんだろう、間違いなく。でも父はついこの間死んじゃった。
死んじゃったけど、まだ家族っていう意識があるし、書かなきゃ悪いなって思うから「2人」になるでしょ。
でも、人数に死んじゃった父親を入れたのに、生きている戸籍上の兄貴を入れないというのはこれも角が立つだろうと思ったからこれもいれますよね。そこで「3人」。
そうすると、やっぱり父方のほうの姉も入れなきゃいけないんじゃないかなとか、死んだ子はどうするかなとか。
そう考えていくと、家族のように暮らしている下宿人も思い浮かんだ。これは朝晩一緒にご飯を食べている。でも1回しかあったことのない姉を入れるんだったら、毎日一緒にご飯を食べている下宿人のほうがよほど家族じゃないか、と思ったら総勢「1 1人」になっちゃった。それで「1 1人」つて書いて出したら、先生がものすごく怒って、あなた、2人でしょ!って言われた。ああ、2人なんだって思って。家族ってそういう風に勘定するのかなぁって思ったの。
その不思議って、いまだに自分の中にあって。家族ってどこまで入れたらいいのかなって、困惑してるんですよ。

残間  言われてみると、前の世代がここまでがお前の家族だとか、ここからがわが家の家族って申し渡していかない。想像をめぐらせたりして、人為的に「家族」つて括っているんだろうね。

吉永  一番わかりやすいのは「血縁」なんだと思う。でも血縁で家族っていうと、子供は家族だけど、夫は家族じゃなくなるよ。

残間  そうなのよね。

吉永  一番分かりやすいのは、きっと血縁なんでしょうね。 だんだん血縁の家族というものが、日本で家族の主流になったんじゃないですか?前は、もうちょっといい加減だったんじゃないかな?

「父は、死ぬ時、この子を俺と思ってと、母に言い残した。                                               その日から私は子でもあり、夫でもある生活になったんです」吉永みち子さん

残間  俗っぽくいうとね、そういう複雑な家族体系の中に生きていると、今度は早く絵に描いたような家族を営んでみたいと思うのね。
自分で家族を生み出すなら、典型的なファミリーにしていきたいという願望はなかったですか?

吉永  あった。あったっていうか、ちゃぶ台を丸く家族で囲みたいという想いがすごくありました。
結局なんだかんだ言いながらも、今暮らしているのは母親と2人。父親は、母には、俺が死んだらあの子を俺だと思えって言ってたものだから、父が死んだ瞬間に、母は私の母であると同時に妻になったのよね。
あなたどうするの?ってなんでも相談する。お金がない、どうしようとかね。 9歳のときから。

残間  だから晩酌のお酒つけたって?

吉永  ああ、バイトしてお金持ってきたときね。バイトしてお金を渡すと、その日だけ熱爛が1本熱爛が付いたのは、13オ位の時。バイトした時なんだけどね。

残間  すっかり 「夫」だよね。

吉永  そう。段々母は私の母でありながら、妻になり、母にとっては私は娘だけど夫になった。                                                      だから、その関係がものすごくうざったかった。とにかく母親が嫌で嫌でしょうがなかった。その頃、「時には母のない子のように」っていう歌が大好きでしたもん。                                                                               どこかでこの母親から逃げたい、どうしたらこの家族から私は逃れられるんだろうっていう思いがありました。母であり妻である女から。でもとうてい逃げられない。娘としても逃げられない、夫としても逃げられないって分っているから、「時には母のない子のように」を歌うのが唯一の私の気晴らしだったの。でもそれを歌っていると、母が聞きつけてあんたは恐ろしい子だ、私を殺そうと思っているんだとか、死んだ子が生きていればこんなことにはならなかったのにとずっと聞かされていました。

残間  それで、丸いちゃぶ台の平和な食卓を囲むというイメージができたのね。吉永ゼロから作りたかったんだけど、ゼロから作るのに、時間がないというか早くりたいという想いがあった。回覧板なんか持って、よその友達の家とか近所の家とか行くと、いつも丸いテープルにお父さんとお母さんとおじいちゃんなんかがいて、それで子供が3,4人いてね、ああいうのいいよな、って。家族が多いと、私に対しての注がれる目も軽くなるし、いいよなって思ったものだから。だから、結婚した相手に子供が3人いたことは、すごくラッキーだったんです。別に子供がいる人を探したわけじゃないよ。だけども、たまたまいたもんだから、これはもう一気にちゃぶ台が丸くなるなっていう感じがして。みんな世間がやっている家族っていうものをやれると思ったんですよね。

残間  早めに出来たわけね。

吉永  だから全然不利な条件じゃなくて、これは有利な条件だと思ったの。みんなは不利だって言ったけどね。残間でも、結構そこはそこで、大変な家族像が重なって大変だったよね。大体みんなね、思い通りにいかないし、理想と自分を重ねれば重ねるだけそことのギャップというのが増えてくると思うので、まあ家族って基本的にはいいもんじゃないね。

「家族は、時々いいなあって思えばいいもの。」吉永みち子さん

吉永  時々いいものだと思う。でも時々でいいんだと思う。常に家族っていいものだね、って言っていると、それは結構しんどいかもしれない。みんな誰でも1回は、親とか兄弟から逃れたいという思いがあって、逃げたんだけど、そのとたんに家族を作って、またそのしがらみの中に身を置いてということをずっと繰り返してくる。でも残間さんは、弟がいるし、両親揃ってるし、家族ってどうなの?

「貧しかったけれど、志の高い両親を見て育った。母は、お金を稼がなかったことにコンプレックスがあるみたい・・」残間里江子さん

残間  母は小さい頃に、養女になったの。そこのおじいちゃんとおばあちゃんはとってもいい人だったんだけれど、母はどこかで自分の生みの親に会いたいと思っていて、1 0代の頃に会いに行って拒まれたことがあったんだそうです。
それが、未だにどこかに母の傷になっている。だから形としては、家族というのはいつも平穏であることが大切だった。家族に対する逆風が外から吹きつけたときに、結束してきたと思う。例えば、父は7人兄弟のたった一人の男で、母は父より7つ年上。
80過ぎて、年にしては若いって言われるようになってから、私っていくつか知ってる?って聞くって具合に、年のことは話題外でした。いくらなんでも私がこの年だから、60代ってことはないだろうと思ったけど、ホントは今8 7ですけど。その当時8 2, 3なのよって言う人。
そういう母だったので、いわゆるお姑さんはすごく嫌ったわけですね。
年上で、幸か不幸か、肩書き上は専業主婦で、今も何もやったということではなくて、でも志だけは高くて、いつかものを書きたいとか、あるいは今で言うと市民運動のようなことをやっていた。
松川事件の被告弁護団の中に入って、2年位かけて貯めた弟と私のなけなしの貯金を、お金を旅費にして出かけたような人。
どこかで世の中に出たいし、自分の技がこの年になってもお金にかえられないって言うことを感じて、すごくコンプレックスを感じてたようです。嫁という立場で家にいた時に、年上で、「家には弁がたったり、ものを書いたりするのは要らないんだ」って、おばあちゃんに一方的に言われてた。そういうの覚えていますけど。だけどよく考えると、父はその渦中にはいなくて、いつも別のところにいた。 結局、母と私と弟が家族の単位で、そこに母と血のつながってない老婆が一緒にいて、家族の単位をなしていたの。
それが、結束していたんです。貧しさにもそう。まあみんな貧しいといえば貧しい時代でしたけど、米びつの中をみても明日の米がないとか、給食費が払えないというと、それに家族で戦っていたというよりは守っていたというか慰め合っていた。そこでも母は、「あなたはまだ給食費は 3, 4ヶ月しか溜めてないけど、裏のハルコちゃんなんて、6ヶ月溜めててもあんなに明るくしてていい子だよ」つて言うの。お前はまだマシ。もっと大変な人がいるというコンセプトで育てられたものですから、何か言おうとすると、もっと大変な人の事例をどんどん出してくるので、言えないまま終わってた。                           私からみると、そんな中で、おばあちゃんによく尽くしたなって思う。一番苛め抜いたおばあちゃんが死んで、火葬場でドアが閉まったときに、一杯娘たちがいたのに、母だけワッと泣き伏したんですね。死ぬ間際に、そのおばあちゃんが「あんただけだった」って口にした。
うんと貧しいのに、家に引き取ったりしてたからね。でも、何人かのおばさんは趣味で書道をやっていたので書道教室をやってた。つまり、技をお金に換えてたのね。小姑たちが趣味をお金に変えたときに、「あなたも趣味をずっと長くやっているけど、趣味だったね」つて言われたのが、母は未だにショックみたい。
60代の後半位に言われたらしいんですけど。母は、相変わらず単に本を読むのが好き、映画を見に行くのが好き。
志だけはあるけれど、世の中にその技が全くお金という形では評価されなかったということが、どうもものすごいコンプレックスになっているみたい。

「母、87歳の誇りを全うすために伴走中です」残間里江子さん

残間  母は一人暮らしをしているんですけど、誇り高い年寄りって困ったものだなって、この頃思ってます。一人で生きていきたい。本も読みたい好きなことやりたいっていうんですけど、そうはいっても、1週間に1回、クール宅急便とトイレットペーパーのようなかさばるものも普通の宅急便で送る。2週間に1回2泊3日私の所に来て休養を取って一杯栄養を取って帰るって言うのが組み込まれての一人暮らしです。そういうのが組み込まれた上での一人暮らしなんだけど、「私はあなたに組してそっちに行くのはいや」だって。お金の事で面倒はかけるのはいやだからって言った後で、 「そうだ、私も大金稼がなきゃ」って、急に言い出した。残間「何で稼ぐの?8 7の人が!」と言ったら色々考えてみるって電話を切りましたけどね。
やっぱりどっかで、お金を生み出すということが未だに引っかかっているのね。果たすことの出来ない自分の自己実現欲求って言うんでしょうかね。
母は去年、私の知らない間に、週刊朝日の80周年記念の「人生我がそのとき」とかいうのに応募したんです。
そうしたら、第2次選考、第3次選考と進んで、結局、最後の7作品に残った。結局3位までが表彰されて雑誌に載ったのですが、母は4位だった。
私もびっくりして、いつ書いたの?と聞いたらゴールデンウィークに2日間徹夜で書いたって言うんですね。8 6で。そういう、皆さんはああいいわねって言うけど、不完全燃焼で社会と戦っていて、誇りだけ高い老婆とのつきあい方、大テーマです。
母をあんまり傷つけないように、隣をさりげなく伴走していますが、だめになったときに母の船に乗り移つるタイミングが難しそう。

吉永  私の母は、8 2で突然死にました。1 0年位は今の残間さんのお母さんのようになるだろうなと思っていたんですが、幸か不幸かそうならず。うちは両親共にコロっと死んでしまいまして・・・

残間  しかも旅行中にね。姉妹で旅行していて、一番年上のお母さんがね、他の姉妹に、ほら早くお化粧しなさいなんて指図していたら自分がそこでパタっと倒れて亡くなったって。不思議ですよね。私は母に、母と同じ位の人が亡くなった話をするのはかわいそうだと思って避けているんですよ。 でも何かの拍子に耳に入っても、あの人たちって、絶対自分のことって思わないのね。相手が一つ年上だったりすると、ああ年上だからっていうんだけど、1つしか違わないの。年下が死ぬと、どっか体が悪かったのねって言って、死に近くなると死に対して鈍化するっていうかね。

吉永  今危ないのは50代でしょ。50代で周り結構最近死ぬ。倒れる人とか。ものすごいショックですよね。自分もある日突然倒れるかもしれないな、やっぱり下着はちょっと高いのにしておこうかな、とか考えるわけですけど。でも80代くらいになると、死ぬことが特別なことじゃなくなってる。

残間  いっぱい見てるからね。

吉永  だんだんこっちとあっちに差がなくなるんだろうと思うの。私たちの年だと、友達もまだこっちにたくさんいるから、向こうに一人で行っちやった人は気の毒かなって思うし、自分も明日行っちゃうと、あっちに友達が少ないから、ちょっとまだ・・・なんて考える。以前、新宿から伊那のほうへいく長距離バスに乗ったら、80代のおじいちゃんだけの集団と一緒になっちゃったの。 それが、みんな元気なの。話している内容がどうしても聴こえてくるんですが、あいつも死んだってよ、あいつもそろそろやばいらしいよって。そういう話をずっとしているんですよ。とってもじゃないけど私の年代だったらそんなことしゃべらないのに。
年取ったとき考えるのは、今考えることと違っているんだと思うね。親は行っちゃうわ兄弟も行っちゃう。友達もみんな向こうに行っちゃうとあっちの方がだんだん魅力的に思えてくるのかもしれない。

「父は、私のお墓に入ってもらってから、俄然近しい人になりました。」残間里江子さん

残間最近家族を感じるのはお墓ですよね。私、息子と2人のお墓を買ったんですね。3年前に。
母の両親というのは、子供をもらった途端に没落して貧乏になったので、お墓立てるお金もなくて、遠い親戚の家の、端っこの方に住職さんの理解を得て埋めてもらっていたんですね。残間それが、小さい時からなんか私の中で気になっていて、私がお墓を立てたらおばあちゃんとおじいちゃんも入れてあげるつて言ってたの。そうしたら、改葬がこれまた面倒だった。
とりあえず血はつながってないけど、母の両親を入れました。そうしたら、ほどなくして父が死んで、お墓に入りました。これで、3人。
その後、父親の両親の骨も引き取ることになった。これで、5人。
そうしたら、さっきの吉永さんのお話じゃないけど、そこに風の便りには聞いていた、妹のきよこというのがいたの。 父の妹で、うんと小さいころに獅子舞をみてショック死したという。それが何歳で死んだかもわからなかったけど、きよこさんも入っていたのね。いくら大正9年に死んでるからっていっても、私にとってはおばだし、きよこだけ置いていくわけにはいかない。私と息子が入るはずのお墓に、もう7人入っちゃってるんですね。今度順調に行くと母が8番目で私が9番目ですよね。吉永さんどこに入るの?これから。

吉永  お墓?あるある。買いました。うちもいろんなのが入っているみたいで。私は一応一人娘だから、鈴木家。昔鈴木っていったんだけど、私で終わり
だよね。鈴木の子がいないんだからね。

残間  あなた離婚したから、本当は鈴木でしょ?こういう場では吉永だけど。

吉永  いや、そうじゃないよ。戸籍の名前も吉永だよ。鈴木より吉永の方がいいかなって思って。自分で選んだの。また戻すと面倒くさいでしょ。だから私が入る所は、息子に言ってある。ここに入れろって。父と母の方に。指定しておかないと、どこに入れられちやうか分らないから。
まあ、吉永の方でもいいんだけど、吉永の方だと、前の奥さんと一緒になっちゃうよね。別に死んじゃったら基本的にはどこに入っても構わないんだけど。

残間  私の知ってる人、3人の歴代の妻が同じお墓に入っているのよ。

吉永  ああ~そう。でも、初めてそこで会っちゃうというのもなんかね。

残間  父とはあんまり、なじみがなくて、ひざの上で甘えたという記憶がなくて、生きている時にはそんなに親しいっていう感じがなかった。父親なのに親しくないというのは変ですけど。いがみ合ってもいないけど、なんかこう、幼いころに甘えたって言うか、身体的な接触の率が低かったせいか、すごく白々しかったんですね。でもお前の墓に入りたいって言ってお墓に入った途端、ホントに不思議なんだけど、ものすごく近しくなって。
何かあると一番新しい仏さんだというのもあるんですけど、お父さんにお願いしている。だから家の息子も物がなくなると、おじいちゃんお願いって言ったりとか、即物的なお願いしてます。でもお墓に入ったら近くなったよね。家族だっていう感じがする。

吉永  最終的には骨だからね

残間  魂があるような気がするじゃない。なんとなく。

吉永  まあねえ。死んだことがないからよく分らないけどね。けれど、どこに入りたいとかあるよね。究極家族っていうか、自分にとって誰が一番安らぐ人なんだろうっていう問題を突きつけられるから、墓の問題って、みんながだんだん考えるようになると思うんですね。お墓を親しい人たち同士で作っちゃうという話、あるでしょ。

残間  松原惇子さんがやってる。

吉永  現世がすごく楽しかったり、関係性がうまくいっていれば、別に家族と墓だけ分かれる必要は全然ないと思う。家族って、作った時はまあ勢いで、作りたいから作るわけ。それが長い間続いて、その内子供なんか生まれてくると、つまり家族を抱え込まなきゃならない時期というのがあって、それを抱え込んでいる方が楽な時期がある。逆に、家族のいろんな問題点とか関係性とかが見えない時期もあるわけです。その時期が過ぎるのが、大体50代位なんじゃないかな。もう抱えなくていい。 そんな時期、家族の問題とか、自分が一番大事にするものは何なのかとか、何をもって自分の安らぎにしていくんだろ
うかとか考える。子供が一人巣立ち二人巣立ち。一人しかいなかったら一発で巣立っちゃうんだから。そうするとそのときに始めて原点にまた戻っていくわけでしょう。作った原点に。その時初めて、そこで自分が最初にスタートした時と今の状況の違いが分る。

それと同時に自分が元気でいられる時間がカウントダウンになってくるんだよね。
あと1 0年かって思うと、この1 0年をこの関係の中で何ができるんだろうかとか、一緒に景色を見て旅行へ行って楽しいなって思えるんだろうか、それより友達と一緒に行ったほうが楽しいと思えるんだろうなとか。そういうことを考えざるを得ない時期なんだろうな、と思う。また運悪く、考えざるを得ない時期に病気になったりなんかするものだから、余計それが色濃く現れる。
女の人の方がこの問題を深く考えちゃうんだろうと思う。女の人って、自分にとっての幸せっていうのすごく考えるでしょ。
男性は年をとると、女房がいた方がいいわけですよ。今度は面倒を見てもらう、介護をしてもらう、看取ってもらうっていう状況として、この横の人が大切なわけですよね。                                                                           ところが女性にしてみると、看取ってあげる、面倒みてあげる、それで見送ってあげる、このことが自分に課せられるんだという気持。だから、結婚するときは一緒の方向を見ていたのに、今求めるものは違うんだということが明らかに見えてくる時期だと思うんですね。

「有事のとき、老いたとき、支えあえなきゃ家族とは言わない!」吉永みち子さん

吉永 私も、そういう時に病気になった。その時に、やはり夫というものが一番の頼りになる。いざという時、地震の時とか火事の時とか病気の時とか、その時に、「やっぱりこの人がいてくれてよかったな」って思えれば、それで全部チャラにするぞと思っていたんだけどその時に、やっぱり来なかったもんね。逃げちやって。何なんだろうと思った。                                                                今は、ハンコ押さないと手術もしてくれないんですよ。まさにその時、家族がいなかったら、手術も出来ない。私、東京の病院に入院したもんだから、何時に手術の開始ですが、それまでに家族の同意が必要だっていう。私だけでいいって言ったのに、家族のハンコがいるって言うの。同じ吉永だから、私が名前書いて押しますからって言ったんだけど、かたい病院でだめって言うんですよ。
しょうがない、残間さんに電話かけて、「悪いけど、家族のような顔をしてとんで来てくれないかな?ハンコは用意しておくから、とりあえず同意書っていう
のにハンコ押して」ってなったの。それでももう、麻酔打って朦朧としているところに来たよね。

残間  思い出したけど、やっぱりさっき言ったように平時のときには気がつかない。やっぱり「有事のとき」に家族って、気がつくのね。

吉永  有事!老いってね、やっぱり悲しいんですよ。まあ、実際に歩くのがだんだん遅くなるとかね、信号だって一つの青信号で渡れなくなっちゃうんだもんね。そういう、悲しい状況に入る、つらい老いを迎えるわけじゃないですか。その時に共に、生きるに足る人間かと考えるの。「足る」というのもすごく悪いんだけど、そのときに共にいて一緒にお墓に入れる人間なのかって視点で見るんです。 お互いが淋しい状況、辛い状況を支え合って生きるかどうかという目で、相手を見るね。
それは夫婦だから。親子の関係ではそういうものではないんですよね。いくら老いたって親は親だから、それを切ることはきっと子供は出来ないだろう。
だから、私は、それを先に切っておいてやろうと思っているんだけど。

残間  子供は、これから先難しいでしょ。
旧来の親子関係で親の面倒みるだの、子供に期待するなどというのは、もうほとんど無理だよね。

吉永  もう完璧に無理だと思う。家族っていう言葉で言っちゃうと、夫婦という関係の家族と、それから親子という関係の家族がある。
親子でも、まだこの年代だとまだ自分の親がいたりするので、子供として親を見た場合の家族観と、親として子供をどうするかっていう関係の親子観っていうのがある。そんな、いくつかの家族観が一つの家族の中に一緒になって存在しているんです。その中でもろいのが夫婦なんだと思う。だって、一番それが切りやすいからね。その切りやすい関係であるからゆえに、お互いに何を求めるかということは、すごくシビアなんだろうと思う。例えば、有事の時にふっと見えてしまった相手というのは、結構大きく影を落とすんですよね。吉永そうすると、この先自分がそういう辛さに耐えていく時に、この人は私にとって何になるんだろう、なんなんだろう、ということを、ものすごく結婚するときと同じ位、深刻に考えると思う。

残間  男の人は、どう思うんだろうと思ってそれとなく取材したの。相手が倒れたようなことがあったらしばらく自分は安泰だと思うみたい。
また倒れたりしたらと、自分がいることに、期待しているはずって思って、そうそう自分のことを捨てないだろうと考える男が多い。でも、どっこいだよね。

吉永  何なんだろうね。ゆるぎない自信があるんだね。こっちが、そのことでものすごくシビアな点数をつけている時に、こっちはすごくいい点とったと思ってしまう。このギャップがさらに一歩を進めてしまうということだと思うな。危ないね。

残間  危ないよ。

吉永  でもホントに、50代くらいから、そういうこと出てくるよね。

残間  一人になっている人いるじゃない。まあ私たちもそうだけど。結婚してない人もすごく多いし、離婚した人もいて。
こういうのは、今までの日本の中にはなかったよね。単身者がこんなに多くなるっていうことはなかった。松原惇子さんに聞いたら、あの人たち最初はコレクティブハウジング作って、一緒に単身者が住もうっていうのをやったのね。けれどよく考えたら、みんなわがままだから同じ家では住めないって途中で気がついたって。
それなら「墓だ!」と。最後の墓さえあれば大丈夫と、それで未来墓みたいな、お友達墓を作ったのよ。多摩の方にね。
お墓があった方が安心して、最後に行く場所があるんだわっていうことで、みんな単身の人が頑張れるって思ったんだって。それが、この間松原さんにあったら、「あれもちょっと違うかもしれない」つて言ってた。あの人のいいところはすぐ反省するところなんです。体の具合が悪くなった時、遠慮もしないで、電話かけられるような女友達がいるようでいなかったって気づいたそう。 自分はネットワークをやっているのに、やっぱり気を使ったと。
それで彼女が何を思い立ったかというと、だから元気な内に、お互いに必ず何時に電話をしてもいいっていう契約書に捺印しておいた方がいいっていうこ
とに気がついたって言うんだけど。私の母の友達が、やはり6時ごろに心筋梗塞になって、5時半ごろか。どうしようと思ったけど、となりの奥さんいつも 6時ごろに水の音がするんだって。6時まで待とうと思って、6時まで待って結局半身不随になったのよ。だって、悪いと思ったから。
30分早く言ったからといって半身不随にならなかったかどうかはわからないのよ。だけどやっぱり私はそのオバサンに、私のうちは何時でもいいから、いつでもいいから電話してねって言ったんですけどね。

吉永  それをいっていくと、やっぱり最終的に遠慮なく言えるのは家族だということ
になっていくわけよ。

「ひとりがいい。人間関係は一人の人間としてつき合う方が、無理がない」 吉永みち子さん

残間  吉永さんはね、50代のこの年齢で、新しい家族を持ちたいとか、再婚したいとかっていうのは思わない?

吉永 思わない。全然思わない。これから今知り合った人は、付き合ったはいいけどいきなり介護の世界に入るんじゃ大変だなぁとかね。いきなり葬式やるようじゃえらいこっちゃなとかね、そういうことになっていくんですよね。
それがね、なかなか難しい。無理だと思うことは最初から考えない。一人で生きていきます。

残間  でも50代の男の人がね、いちばん何が言いたいですかっていうアンケート調査をしたらね、もう一度燃えるような恋をしたいって、それが一番多かったの。もう一度って、嘘だと思うけどね。5 0代以上って5000万人以上いるんですからね、すごい数でしょ。
だからそこで、結婚とかではなくていろんな人間関係が生まれると思う。家族とは別だけど、家族には満たぬ関係とか、いろんな友達関係とか、できてくるじゃない?それからでも、いままでと違う広がりの人間関係が出来ていく中で、恋の、あるいは恋もどきみたいなのもあるかな。

吉永  ない。

残間  恋愛体質の人、そういう人増えてきたと思わない?

吉永  どうしてだろうなぁっていつも思うね。私ね、男友達っていうのはね、山のようにいるんですよ。
でもね、やはりここに置いておこうって思いますね。それ以上にいこうって思うような人はいない。
別にその人が嫌いじゃないよ。でも、まああるかも知れないよね。これだって分かりませんよね、人間生きていると明日のことは分からないと思いますが、でも私は今あったにしてもなかったにしても、最終的には一人ですね。

残間  吉永さんは、私も同じような仕事というか同じような場所に生息しているのに、ホントによく男友達女友達多くて。みんなに誘われるよね。怪しげなところはないけど。付き合いもいいよね。

吉永  好きだからね。あやしげな関係になるって、すごく人間関係を狭める。この人と会うためにつてすごく時間をとらなきゃいけないわけじゃない?相手にも合わせたりこっちにも合わせたりすると、殆ど1週間そのことで頭が一杯になっちゃう。でもそうじゃないと、それは毎日何しようがいいんですよ。

残間  私ね、最近思うんだけど、50代位になると偏屈になるっていうか、段々1 8,9の頃のエキスに絞り込まれてる。私は、気がおける人間なんだと思うの。吉永さんは気が置けない人なんだと思うんだ。 でも私はすごくしんき臭いたちなんじゃないかと思い始めたら、段々臆して、人のところに出るのがなんか嫌。

吉永  それマズイよ。これから先ってやっぱり第二の自分探しみたいな時期だから。

「家族がそれぞれ個になって、新しい関係が始まりました」 吉永みち子さん

吉永  私の家族観というのは、すごく私にみんなが寄っかかるんですよ。まず、父に母を託されちゃったじゃない?そこから始まって、常に誰か乗っかってくるの。親亀の背中にどんどん。それで疲れちゃうの。

残間  受け入れ体質でもあるんじゃない?

吉永  私も、それをやっちゃうんだからいけないんだろうけど、みんなが期待しちゃうんですよね。だから、私が弱い時は向こうから近づいてこない。
みんなに待っていられるのは、もう嫌だと思って。
それに、今までは体力があるからそれも出来たけど、これから先はもう出来なくなります。だからちょっと悪いけど、1回リセットさせていただきましょうかねって思って、他人になっちゃったわけよね。他人になっちゃうと面白いね。
ウチなんか娘たち3人とは血縁も何もないんだから。ただただ戸籍上でつながってただけなんだからね。唯一欠点があるのは一番下の息子だけね。でもそれも別れてみたら、よく考えてみたら私とそのほかは無いけど、この息子はみんなと血縁があるわけで。もしかしたら、この何十年間家族をやってきたことの一つの証なのかも知れない。
楽になっちゃいましてね。それまでは夫なんか面倒見るのも嫌だったんだけど。

残間  仲いいよね。 かえって

吉永  仲いいっていうんじゃないけど、お正月は私の所がみんなの実家と化して。

残間  別れた夫も来てるしねぇ。子供さんたちも来てるし、孫まで来てる。みんなでいるもんね。あなたの家が実家になってる。切れてはいるけど、実家になってるっていうのは、またやっぱり親亀化しているんだね。

吉永  ちょっと形を変えてまた親亀化してる。そうなんだと思う。たまには乗ってもいいよっていう感じです。お墓も吉永家と鈴木家、隣同士に作っちやったから、いやでもお墓参りのとき一緒になっちゃうわけね。これも、私はこの時期に縁のあった人たちだから、お墓は離れてるより近い方がいいと思うの。だから別れたからどっかにお墓を持って行くっていうのは、大変なのよ。吉永さんのところにお墓参りに行ったら隣にどうしても鈴木さん家がある。これはもしかしてお母さんが入っているのかなとか、おばあちゃんが入っているのかなって思えば、ついでに花の一本ちよっと分けりやいいじゃないかと思ってるから、墓参りのときいつも一緒になっちゃうんですよ。お墓に行くよっていうと、元家族みんなの意識が全然変わらない。今でもやっぱりかつて一緒に住んだ子供たちだし、別に別れたからって、私をオバサンって呼ぶわけじゃないし。

残間  お母さんって言ってるんでしょ?

吉永  うん。お母さんって呼んでるしお父さんって呼んでるし。孫の七五三だとか、いつも行事のたびに呼ばれるなっていう気はしているけど。

残間  でもえらいなって思ったのはね、ここがちょっと他の人と違うんだけど、お正月 2回続けてきてたのね。擬似家族みたいにしていて。
でも今年のお正月は、3年続くとレギュラー化して、また同じになるから、1回今年切ったわっていうの。これがえらい。やっぱりずるずるいっちゃうのね。旦那さんがよ。大晦日から来たりしてみんなの実家化しちゃう。男の人って言うのは、論理よりも習慣に弱いっていうか、毎年元妻のところにお正月行くんだっていうと、あの旦那ずっと来るもんね。死ぬまで。
やっぱり2年続けたけど3年で切ったっていった、ここがやっぱり賢明だね。

吉永  そうね。なんだか分からなくなっちゃうじゃないですか。

残間  「たまには都合悪いことがある、本当は都合悪くなかったんだけどさっていうところを見せた」つていうの聞いて、さすが!って思った。

吉永  基本的には、一人でいるということに耐える人間同士でいたいっていう風に思う。どっちかがどっちかに寄りかかってしまうと、寄りかかる方は楽でいいんですけど、寄りかかられた方はとても大変なんですね。これから先は、体力も無いしね。最終的に家族を切ったということは、私が一人で生きるということであって、ある日突然私が倒れても、誰にも発見されないかも知れない。倒れた時のために、今のこういう状況の中で、一人で冷たくなっていてもいい、白骨化していてもいい。その位までの覚悟っていうのは必要。

残間  家族が居るのに発見されないよりはいいよ。吉永さん、ほら名言があるじゃない。 遠くの親戚、近くの他人っていうのね。近くの他人、手元のお金ってね。一人で生きるっていうのは、単に物理的に一人で生きるんじゃなくて、やっぱり経済的にもね、人の迷惑にならないという意味よ。豪勢な生活をするということではなくて。
だから遠くの親戚より近くの他人、それより手元の現金って吉永さんが言ったから、そうだよなぁって私も思った。

吉永  かつての家族って、「家族像」が作られちゃって、ずっと死ぬまで一緒とか、すごく仲良くて、それがいい家族で、そうじゃないと減点みたいになっていた。

残間  私も一人が嫌いで、30代40代は一人でいるくらいなら、キライな人と一緒にいる方がいいって思っていたんです。 だけど、やっぱり40代の後半かな?結構一人も嫌いじゃないなって気が付いたのと、自分をこの頃振り返って、結構わがままで嫌なところあるなって気づいたりして、最後はみんなに少しは愛されたり優しくされたりするようになるにはどういうふうな一人でいなければいけないかを意識するようになったね。最近一人がむしろ心地いいとさえ思うようになったのはね、なんか不思議。更年期あたりからそうなったのかな。

吉永  これから先、少しでも自分の人生が楽しくなる時に、その時の夫の位置取り、子供の位置取り、それから親の位置取りというのを考えるにはいい機会だね。更年期とかそういうのはね。体が利かなくなるからね。

残間  そうそう。やっぱり血気盛んな時期だったら、気が付かないですからね。

吉永  これも女の人だけが一生懸命考えて、片方は全然考えていないっていうのは不幸の種になりますよね。吉永だから、できれば一緒に考えた方がいいと思うんですよ。「ねぇ、これから先どういう風にやっていこうかねJって犬をかすがいにしていきましょうかね、猫にします?っていう話でもいいし。
最終的にはそんなに難しいことしょっちゅう議論しあう必要も無いと思うんだよね。
あら、隣のうちの猫がまた庭に入ってきた、おしっこした、ハハハって笑って、それでなんとなく会話が成立したなって、そういう風に思えれば、いい、枯れた老夫婦になるのかも知れないじゃない。
そういうことを一緒に考えてくれるかどうかなのよ。

残間  一緒に考えるところまで行かないからね。そこ行く間の1 5年位しんどいよね。猫のおしっこで笑ってられないこといっぱいあるのよね。
これから50代後半、60代は結構大変だと思う。みんな元気だし、若いでしょう。75くらい過ぎると、猫のおしっこ でもいいんだけど。70代の前半までは、まだまだいろんなことにみんな出会うと思う。

吉永  ギャップがものすごく強いと思うの。 女の人は、50代からあるいは40代後半から、やはり今までの時代背景のなかでやれなかったこととか、抑えられてきた想いって一杯あるんですよ。それがラストステージだからやりたいって想いが1つくらいあるんだろうと思う。
その時に、パートナーがどういう風に共に歩いてくれるか。向こうがただ面倒見て欲しいって思っていると、とってもじゃないけどやっていけないという気持ちになるかもしれない。

残間  下手な陶芸でも、へんてこりんなどんぶりを作って、それをつぼだと思い込んでる男でも、それでもいいのよ。やりたいことがあれば。
だけど、やりたいことが見つかってないというか、やりたいことがあるなんて考えたこともないっていう人って、すごくいるのね。女の友達を見ていると、やっぱり夫婦がせっかくここまで来たんだから仲を再生しようと考えている人が何人かいるんですね。周りにも。だけどうまくいくのは、男の人に何か一つでも小さい世界でもある場合は、とっかかりがあるんだけど、何も無くてシーンも役柄も1個しかないみたいな男だと難しいねえ。最近、私の友達みんな同じこと言うんですよ。いつの間にかやっぱり、俗に言う感性が違っちゃったって。せめてこの話をしたいのに、その話をした時にとんでもない話が帰ってくると、ぶん殴りたくなるっていう人がいて。

吉永  殴りたくなるよね。

残間  でも、この間再婚同士の人たちに会ったの。結婚して1 3年くらいなんだって。あなたもよく知ってる人なんだけど。そしたらやっぱりずっとお互いに忙しかったけど、まあ気を使ってるのと、1 3年前から知り合っているから、一応感性照らし合わせてはくるよね。折々。
20歳の頃にドサクサに紛れて結婚したのとは違うから。                                                                その人たちが何年かぶりに映画を見に行ったんだって。「永遠のマリアカラス」。どうかな?って思ったけど、2人で映画みてそのあとレストランヘ行って映画の話した時に、そう違わぬ感性で話が出来たんだって。ああ夫婦っていいなって思ったのよ、って3日前に聞いたんだけど。同い年の女の人にね。30年位一緒に暮らしているんだけど20年位バラバラの方向見ていた夫婦は、なかなか難しいよ。
マリアカラスってそれはなんだ?なんて。公園のカラスか?なんてそういうんじゃ話にならないじゃない。

吉永  でもまぁ、生き物同士だからね。最初はあったかも知れないけど、段々違う方向に向いてしまうということはあると思うんだよね。でも、同じ感性に持ってこられなかったからダメってわけでもないよな。例えば息子がバカバカしいことを言ったとするじゃない。とんでもなく私と感性があわなくて、なんでこんなにバカなんだろうと思ったところで、夫のようには思わないわね。

残間  それは産んでるからしょうがない。

吉永  夫婦って難しいもんですね。 ホントに。

残間  究極のボランティアだね。

吉永  そっか。でもね、やはりできれば一緒にいた方がいいよ。残間さんと2人で話してるといかにも「一人のススメ」みたいに聴こえるけど、決してそんなことは無い。やはりね、一人の快適さっていうのは、それは寂しさに耐えるって言うことでもありますよね。
でもこれから先に、体が動かなくなっちやった時とかがあるかも知れない。それに一人だと思えばきちっとそれに対しての備えも出来ると思うのね。

残間  エネルギーもなくなるし、時間も有限で限りがあるっていうことってことに重なるんだけど、やっぱり何かをやろうと思うときに、最終的には一人なんですよね。絶対的な孤独時間と向き合うことなしには、ものを書くのも考えるのも出来ないから。残り時間少ないと、やっぱり自分の中で自分と向き合う絶対孤独時間というようなものを作らない限り、何もしないまま終わっちゃう。恋だのなんだのは、人生の隠し味としてあってもいいけど、好きなことをするには一人じゃないとね。

「お金は大切。人間関係も潤します」吉永みち子さん

吉永  どうしても今までの世代は、子供に何か残そうと思うのよ。一生懸命働いて家か何か買っちゃってさ。その上で手持ちのキャッシュだけで老後を乗り切ろうと思うから、お金使えないでしょ。その結果、お金がなくてイライラするっていうことで、また関係が余計タイトになったりとか、怒らなくていい事に怒ってしまうことになる。やっぱりね、人間関係で一番大切なのはある程度余裕って言うのが大事だね。親子関係でもそう。ウチもね、母とケン力する時はいつも金がないときで、米びつの水位が下がってきた時で、悲しいなって思ってた。
米びつが一杯だったら、こんなことでケンカしなくても済むのになって、笑って許せることなのに、これがないばっかりに、こんなにお互いギクシャクしてケン力するんだなって、もうずいぶん悲しい思いをしました。やっぱり、夫婦の関係でも同じだと思うんだけど、本当は1 0 0のパイがあるのに、1 0のところでみんなが老後のことを考えると、この1 0の時にこの男がいることが許せないっていうのもあるかも知れない。
1 0 0のパイがあったら許せるかもしれないってことがあると思うのね。だから、子供に残すって言うことを止めるべきだと思うね。
親を見て、子供に見てもらえない最初の世代って言ったけど、最初の世代って一番損するんだよね。子供は子供の人生を歩みなさい。私が親を見たように、例えば私が寝たきりになったとしてもあんたはもういいよと。 その代りあなたには何も残せませんよという風に、きちんと自分がどう生きるのかという関係性の中で、切るべきものを切ると断言することが大切だと思う。

吉永  夫ばっかりじゃない、子供をどう切るかも大切です。そうすると、自分の持っているものがすごく増えるわけ。
その結果これから先の自分の人生の設計っていうものがものすごく豊富に出来ていく。私は宣言しました。絶対あんたたちには面倒見てもらわなくていい。私が倒れたらあんたたちが一生懸命見てくれてもどうせ私には分かりませんから。
その分からないことをやってあなたたちの家族がギクシャクしてしまったり不幸なことになってしまうかもしれないことは、私は望まないってね。

残間  切られるのは嫌だけど、自分で切っていくっていうのが重要なポイントなのね。

ー以上一

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