2003年2月 発行所 「50カラット会議」
50カラット会議レポート
32号
料理研究家たちからの提言
「親たちの現状から考える、高齢化時代への構え方」
親たちが80代になってみると、「食事の楽しみ」を全うすということにも、なかなか大変な状況があることに気づきました。食べたり、料理するのが大好きだった親でさえ、五感が鈍ったり、動作がゆっくりになったりで、気持ち通りに動かない体にイライラし、料理に自信をなくしてしまう様子が見て取れます。食事づくりが億劫になり、人任せにしたいと思う日も増えています。家族と一緒に、同じものを食べたい気持ちが強いのに、「老人用」と用意されると、それが好意でも、淋しく感じたりするようです。
集まった料理研究家たちからは、この他いろいろ、親たちが直面している現状が語られました。「けれど、これは自分たちにとっても、遠い話ではない!」のでした。高齢化時代に向けて、自分たちにできることを探す会議になりました。
蛇の道はヘビに聞くシリーズ㉙
親たちに、いつまでも食事を楽しんでほしい、自分たちがこれから迎える老齢期までに、こんな課題をクリアしておかなくてはと語り合ったのは、7人の方々です。
植山美保さん、杵島直美さん、竹内富貴子さん、田中敦子さん、堀江ひろ子さん村上祥子さん、渡辺万里さん。みなさん、「人任せにしたい時は増えるはず。自分でする面倒さを軽くするあれこれも整えたい」と発言の一方で、「誰かに何かしてもらった時、ありがとうと言える人にならなくちゃ!」と、苦笑大笑の3時間でした。
目次
1. 親たちの食生活は、見てドキン! 親たち自身も、自身喪失気味のこの頃です。
2.食事づくりを人任せにしたい気持ちは強くなります。 自分のことは自分でが基本だけれど、時には人任せを楽しみたい。
3.食べることは、いつでも楽しみ。 誰かと一緒に食べると、心も体も元気になります。
4.好きな食べ物を、好きな食べ方で食べるのが幸せ但し、体に負担にならないための工夫を忘れずに。
5.親が直面している現状は、自分たちにも遠い話ではない。 自分の立場で、できることから取り組みたい。
1. 親たちの食生活は、見てドキン!
親たち自身も、自身喪失気味のこの頃です。
親たちの体 ① 五感が低下してきました。 目、歯、嗅覚が弱りました。 耳も遠くなりました。 皮膚感覚も鈍りました。
親たちの体 ② 筋力が低下してきました 手指に力がにくくなりました。胃や腸の力も弱りました。いきむ力も弱り便秘気味に。
親たちの体 ③ 動作もゆっくりになりました
唾液が減って、飲み込む力が減りました。気持ちがついていけず、イライラもします。
➡つくるのも、食べるのも楽しみ半減の傾向です。嗜好も不安定になり、鍋をこがしたり、料理に失敗しては自信喪失していく様子に、心が痛みます。
けれど、体調がいいと、食べることにも積極的。 食べることは生きること、楽しんでほしい。
老眼や白内障などで、手元や料理がぼんやりでは、食べる意欲も美味しさも半減です。耳が遠いと、つい会話にも加われなくて、食事も淋しくなってしまいます。キッチンに立てば、手に力が入らなくて、薄く細くが自慢だった包丁さばきもできなくなっています。おまけに、家族から「危ないから、揚げ物は止めて」と言われて、益々自信喪失。その上、食べるのもゆっくりなので、誰かと一緒に食事をするのも億劫になり、引っ込み思案になっています。そんな親の姿に、私たちは心を痛めます。 簡単な食事は、できるだけ自分で作らせてあげたい。安全で扱い簡単な器具や設備のキッチンにしておきたい。ときには、外食にも連れ出したい等々。
なんたって、食べていれば、人間死なない。食べることに一生懸命になっていてほしいのです。80代の親たちは、大抵はすでに「人任せ」の食生活ですが、それだからこそ、諦めさせたくないと願うのです。「老人用」という配慮ではなく、「好物の豚カツは、薄切り肉を重ねて、見た目は家族と同じにします」と、堀江ひろ子さんのテーマは、「一緒」でした。
体が老いるということ。
□ 食欲は、体調の目安です。
「義母は、元気でよく食べます。私よりたくさんの量を食べますよ。見ていて、食べる量が減ったらケアしてあげようかなと思います」
「少し早すぎたかなと思いますが、80歳で亡くなった母は、病気というより食欲が落ちてなくなりました。食べることが好きだったのに、だんだん食が細くなっていきました」「最後は、食欲ですよね。食べたくないって言われることが、一番怖い」
「そう、食欲は大事ですよね。食べたい気持ちは大事です。体にいいからって、美味しくないと感じるほど薄味にしなくていいと思っています」と、食欲優先の工夫に話は広がりました。
□ 食べ物の好みは、その日の体調次第になります。
「わがままになってくるのでしょうか?」
「実際に、嗜好も変わるの。その日の体調次第のようですよ。昨日好きだと言っていたからと持っていくと、これ嫌いなんて言う。箸を持つのも面倒という日があるようなのね。個人差はありますけれど、だめな人は、70歳くらいからそうなるようです」
気持ちが元気な日、風邪気味の日、足腰が痛む日、寒い日、暑い日などが、敏感に好みを変えているようです。
□ 胃腸も、筋力が弱ります。便秘気味にもなります。
「胃は、力が弱るだけでなく、背筋腹筋が弱って、体が前かがみになることで、胃が押される形になるので、食べ物が入りづらくなるようです。食べながら、胸をたたいたり、なでたりしてますね」
「食べる量も減ってくるし、お手洗いに行くのが面倒で、お茶を飲まなくするから、なお便秘になりますね。いきむ力も弱くなっちゃう。油ものを食べなくなることも原因かしらとオリーブ油を毎日1さじって勧めているのだけれど、笑って無視されてます」。
管理栄養士の竹内冨貴子さんは、「食物繊維の多いものとか、野菜などの量が少なくなって、結局、便が出にくくなってしまうんです。いろいろな要素がからんで、気をつけていても便秘がちになる。体全体の機能を維持していくようにするしかない」と、結局は食欲のある体づくりが大切とおっしゃいました。
□ 五感が鈍るって、こんなこと。
「視力が落ちると、色の違いも分かりにくい。薄暗いレストランなんかだと、大根か人参か色では見分けられないの。目が効かなくなります」
「嗅覚も弱る。やたら、こげたお鍋が干してある時期があったのですが、あれはこげた匂いに気づかなかったということもあると思いました」
「舌の感覚も衰えます。味音痴になりますね。のどの渇きも感じにくくなるようです。そんなこともあって、お茶や水分をとらずにいることにも気づきます」 「唾液の出が少なくなる。ものを飲み込みにくくなるし、唾液にある消化酵素で消化が進むのに、それがスムーズにいかなくなります。噛む力と共に、飲み込む力が低下するから、食べるのは、ゆっくりあせらずって、いつも言っています」。
2.食事づくりを人任せにしたい気持ちは強くなります。
自分のことは自分でが基本だけれど、時には人任せを楽しみたい。
ときには「人任せ」にしたい。誰かに作ってもらったものを選んで食べたい
人任せにしたい理由① やる気喪失。
誰かのために喜んでもらう食事でないと、一生懸命になれない。料理は億劫さが先にたつ。
人任せにしたい理由② 体力低下
体力がなくなるのに比例して、食事づくりは負担。面倒だと、気分優先で、食品に片寄りも目立ってくる。
人任せにしたい理由③ 自信喪失
鍋をこげつかせたりの失敗を重ねて、料理に自信喪失する。失敗は、食事づくりを面倒にする。
➡作るのが面倒な日は出前を楽しんできた世代だから出前メニューは楽しみ。最近は、デパートの食品売り場のお惣菜、お弁当も楽しみ。
➡すっかり人任せにしたい。いつか、人任せを基本にしたい時はやってくる。 食事作りが嫌になったら「有料の老人ホームを選ぶ」という人も。
人任せを楽しむ方法を充実させたい!
親たちの世代は、家族との絆が「人任せ」の原点だったものの、最近では、 家族を頼りきれないのではないかという判断が広がっています。
そこで持ち上がる話は、「人任せ」にした時に、自分の習慣や好みを楽しみ続けられるような環境づくりでした。 時折の「デパ地下」利用を楽しむならいいけれど、日々の食事をサポートしてくれるお惣菜や食品は、まだまだ未成熟です。街の定食屋さんは、その街で働く人や学生たちに便利なバランス食を提供していたものですが、そんな「うちのご飯をご一緒に」的なお店が欲しくなりました。おかずだけを分けてもらうことも出来るお店だったら、どんなに便利でしょうか。宅配サービスも、料理の幅が広がって選択肢があると楽しめます。時には、誰かと食事を楽しめる場があるのも、ひとりで食事をする機会が増える高齢者には必要でしょう。散歩の途中でゆっくりランチが楽しめるスポットがある街づくりにも、夢は広がりました。
親たちに「食事」を楽しみ続けて欲しい。
□ 親たちには、自分のために料理する習慣はなかった。
「夫とふたりの食事を作ればよくなった時、台所に立つのが嫌になったという話は、よく聞きますね」との発言に、誰にも思い当たる節は大いにありました。 「母は、父と二人だけの食事と兄たちが来る時の食事では様子が違います。私が行く時はそんなことないのに、いそいそしているの。それに、曾孫が『うまいっ!』って言ってくれるのが楽しみで何か作るのね。それがお味噌汁1つでもいいのね。」と、堀江ひろ子さんが口を開けば、一同、「家族のために役立つということは、励みだし、原動力なんですね」と共感しました。
そんな親たちが、家族のために何か出来なくなった時、あるいは、自分だけの食事を用意する日常になつた時の戸惑いは、想像以上のようです。
「うまいって言われなくなったり、この頃味が濃くなったねなんて言われたりすると、それはもうショックでしょうね。ただでさえ、この頃はお鍋をこがすとかで自信をなくしているのですからね」。
そんな親たちですから、当然自分だけの食事の支度なんて、気合が入らないのです。
□「出来る間は、ひとりで」という希望は強い。
自分だけの食事づくりなんて気合が入らないとはいうものの、一人暮らしを選んでいる親たちもいます。田中敦子さんは、「私の86歳の義母は、体調が悪いとき意外は自分でと、健康に気を配った食事をしていて、感心します。ものがのどを通りにくいと言いながら、バランスのいいものをゆっくり食べています」と、その生活ぶりを話してくださいました。
「朝起きて、気持ちも元気なうちに仕事をしてしまう。たとえばご飯を炊くとか、小松菜を茹でて、1cm幅に切ってビンに入れたり、りんごを適当な大きさに切って、塩水に漬けてからビンに入れて、冷蔵庫に入っています。卵はゆで卵になっていたり、小分けの納豆が常備してあったりします。小松菜は、上からチリメンジャコやゴマを摺ってのせたりしているみたい。食べること以外にすることはないのだけれど、よくやるでしょ。この状態を、どう励ましていくかが、私の課題です」。
□ 「人任せ」は避けられない。そのときは、美味しいものが食べたい!
「地域にもよっては、老人のための配食センターあります。けれど、嗜好的に満足というところまでいくには、今一歩。老人といってもいろいろなのに、何から何まで柔らかかったり、味付けも融通がきかない」と、人任せには不安材料が沢山です。
「70歳前後の方が、デパートの地下やスーパーのお惣菜を買っていらっしゃるでしょ。材料を買ってあれこれするより、便利だし、いろいろなものが食べられるし、無駄がないって利用している。味や食べ易さに隠れた気遣いをしてあるものに、何かマークをつけたらどうかしら。老人用というのは抵抗があるから」。優しい手マークでしょうか。 「献立を考えたり、組み合わせを考えるのも苦手になるようですね。食事のサポートは、セットであることも必要」なのです。高齢者の食事をサポートする「街の定食屋づくり」は、いかがでしょうか。「うちのご飯をご一緒に」というコンセプトでの日々のメニューがあるお店です。そこで、おかずだけも買えるとしたら、とっても便利そうです。
3.食べることは、いつでも楽しみ。 誰かと一緒に食べると、心も体も元気になります。
五感も気持ちも働かせて食べられるように、 歯の手入れ、眼鏡の合わせ方にも気をつけたい。みんなと笑って食べれば、体に力も湧きます。
食べる楽しみは、一生。
朝食が終わると昼食、昼食が終われば夕食を楽しみにしている。口からものを食べていると表情も豊か。好きな物は、歯が弱っても、がんばって食べたい。
皆と同じ物を食べたい。
老人扱いして、別メニューは淋しい。食べ慣れてきたものを、家族と一緒に食べたい。若い人用のメニューでも、時には楽しく、うれしい。
ひとりの食事は食欲もでない。
耳は遠くなるし、食事をするペースも遅くなるけれど、誰かと食べたい。ひとりで食べる味気なさは、老化を進める。
父や舅は、いつも、「ありがとう」って言う。 感謝する気持ちを聞くと、一生懸命になってしまう。
「舅は、いつも『おかあさん、こんなうまい料理をつくる人はおらんでぇ』と言ってくれていたんです。その言葉を聞きたくて、一生懸命つくっていたという気がします」 と笑うのは、村上祥子さんです。
また、アルツハイマーの舅と暮らす植山美保さんも、「ほぅ、ご馳走じゃね。今日は何の日だい?って言う。それって、翌日もまた同じこと言うのだけど・・・」とのこと。 その言葉に、「男性の方が、感謝の言葉を素直に口に出す。かわいくなりますよ。自分では出来ないから、感激してくれるのかしら。女の人は、自分ならこうするというのがあるから、文句が多い。反省しよう」と、一同すばやい反応でした。
ただでさえ、年をとると口はへの字気味。そんな顔のまま、会話もせず、それでもみんなと一緒の食卓に座るのでは、座られる方も大変ですよね。
「作り笑いでも、笑っていれば免疫力がつくって言いますよ」という竹内冨貴子さんの言葉に、一同再び、「帰ったら、笑顔と感謝って書いて、張っておこう!」と、顔を見合わせたことでした。
80代は健啖家。
□ 胃薬飲みつつ、何でもいただきます。
「祖母が元気だった頃は、4世代、いつも同じものを食べていました」と振り返るのは、7年前に祖母を亡くされた堀江ひろ子さんです。
「私たちが忙しいので、祖母は90歳まで、食事の用意をしてくれていました。材料だけ買っておけば、肉じゃがとか焼き魚とかおなますとかを作ってくれていましたね。でも、私が作るときは、カレーライスにサラダ。それも、みんなと一緒に食べていました。カマンベールチーズなんかも、勧めないと機嫌が悪かったですよ。そんなに好きとも思えないのに、必ず『いただきます』って言うの。全員が同じものをいただくので、多少は食べ易くは工夫しましたけど。その祖母が亡くなる前日は、クリームシチューを食べたのじゃなかったかな。鶏肉にブロッコリーとかカリフラワーが入ったシチューです。
でも、祖母がなくなってみたら、胃薬がたくさん出てきました。お医者さまは、お薬と一緒に胃薬くださる。それを、食事を美味しくいただくために飲んでたのですね」。丈夫な人が長生きするといえばそれまでですが、心がけも違います。
□ 外食は、気力を育てます。
竹内冨貴子さんの86歳になるお義母様は、外出も外食も大好きだそうです。 「一緒に食事に行く時に、さっぱりした和食がいいですかって聞くと、いや、滅多に食べないフレンチがいいわと言う。フレンチは、自分ひとりでは食べないから、いつも食べないようなものが食べたいと言いますね。外食は、それ自体とっても刺激になっていると思います」と、見守っています。
「耳が遠くても、補聴器は、ナイフやフォークの金属音まで拾ってしまうので、食事の場では外していらっしゃるようですね。だから、一緒に行くと、話す声が大きかったりして、少し恥ずかしかったりしますね」という発言もありました。けれど、レストランで高齢な方のグループをお見かけすると、おしゃべりついでのお食事は、いかにも楽しそうです。声が大きくなるといえば、植山さんは、「本当にそう。うちの話題は、隣近所に筒抜け。みんな知ってると思う」と、苦笑いです。
□ ずっと、口から食べていて欲しい。
「中国の薬膳の先生がよくおっしゃっているのですが、口から食べている内は、絶対に死なないって。ガンでも何でも。だから、口から食べられるかどうかは、すごい目安になるっていうのです」と植山美保さんが発言すると、そうそう!と声があがりました。竹内冨貴子さんは、「やっぱり、点滴とかで生きている時って、顔色とか表情が違います。だから、チューブ栄養にならないようにしたいですね」。
村上祥子さんは、「点滴から、何か口で食べられるようになると、表情が変わりますね。小さな赤ちゃんが、離乳食が食べられるようになると、うれしそうにするのと同じですね。お年寄りだって、口から食べると脳が活発になるのでしょう」。
堀江ひろ子さんも、「床ずれが違います。口から食べだすと、床ずれが直っちゃう」。「口から食べる」という当たり前のことを、切実に受け止めた時間でした。
4. 好きな食べ物を、好きな食べ方で食べるのが幸せ。但し、体に負担にならないための工夫を忘れずに。
親たちが、自分で作って食べたい料理と他人が作ってくれる料理には、ギャップがある。自分で作れる環境づくりと、外部食の充実 をテーマにしたい。
〇好きな食べ物
好物は、いくつになっても好物。豚カツ、天ぷら、うなぎ、お刺身は、四大好物。揚げ物だろうが、食べると心も落ち着きます。
〇慣れた食べ物
大鍋に煮物を作ってきた世代だから、ひとり分や食べ切り量をつくるのは苦手冷蔵庫は、いつまでも腐らないなんて錯覚もあって、作り置きが入っている。
〇美味しい食べ物
できあいの料理は、口に合わないことが多い。 見た目も淋しく、歯ごたえにも、ただ柔らかいだけで素材感がなくなっていることが多い。
好きな食べ物を、変形させずに食べたい!
好きなものの美味しさは、見た目にもあるのです。 豚カツはあの厚み、あの衣。サラダは野菜の新鮮な色が食欲をそそります。
「野菜ジュース」といわれればうれしいのに、ドロドロにミキサーにかけられた野菜をサラダといわれた体験談には、誰しもドキッとさせられました。
今回の会議には欠席でしたが、お菓子の研究家の小菅陽子さんは、「それぞれの野菜を別々にジューサーやミキサーにかけて、それぞれを寒天で固めて、彩りよく段々に重ねたら、キレイな寒天サラダができますよ。のど越しもいいし、お年寄りの野菜料理として、バリエーションも広がります」と話してくださったことがあります。
自分で食事を作ったり、家族に好きなメニューを要求したりできる場合はいいのですが、人任せにしなければならない人たちには、自分の意思で、食べ物を選んで食べたい気持ちを諦めずにすむように、メニュー研究は切実な課題です。 また、好きなものに脂肪分が多かったり、味が濃かったりということには、「そこまで生きた方々だもの、あとは人生観で選んでもらいましょう」ということになりました。
好きなものを食べさせてあげたい。
□ 和食指向、さっぱり指向になります。
スペイン料理研究家の渡辺万里さんは、一生チーズとワインがあれば大丈夫と思ってきたものの、最近、そうはいかないかもと思い始めました。
「母はもうすぐ93歳になりますが、ついこの前までは、私が作るヨーロッパ系のこってり料理を好んで食べていました。ところが、92歳になった頃から、ガクッと食べる量も減ってしまいました。同居はしていないので、普段は、食事から家事万端をしてくれるヘルパーさんと同居しています。車で10分の距離なので、好きそうなものを運んでいくという生活です。近頃では、母は、ほとんどベッドの中で本を読んでいる生活になったので、結局お腹も空かなくなっているのでしょう。さっぱり好みになりました。こうなると、私のあまり得意でない日本料理も考えなくちゃいけなくなりました。
いったい、どういうものなら美味しく食べられるのか、あるいは、どういう状態の方が美味しく食べられるのか考えます。でも、最近分かったのは、一緒に食べる人がいることの大切さです。私が行ってあげて、食事の場に一緒にいると、食欲も出る。テキメンですね」そんなお母さまのご様子に、自分もそうなっていくのだろうと予感するそうです。
□ 有料のホームの食事づくりで考えること
杵島直美さんは、老人ホームの食堂を委託されています。 「ホームにお入りになる方の中には、食事づくりをご自分でするのが面倒になってきたのでという人もいらっしゃいます。けれど、60年、70年と続けてきた食習慣や嗜好が、ホームの食事で満足させてさしあげられるかというと、そこは難しいですね。
少なくともここまでは配慮しましたという食事を用意するのですが、体調次第、気分次第でその日の嗜好が変わるお年寄りですから、中々難しいのです。
この解決策は、選択肢があること。時にはよそから取り寄せるとか、自分のお部屋でご自分で食べるとかです。たまに、ご家族と一緒に楽しむとかもあるでしょうけれど、そういうことが難しいからホームに入られるわけで、できるだけ個々人の気持ちに添いたいですね」。
いろいろな体調の人の集団での食事には、メニューの選択肢の上に、食べる段階での味の調整も大切になるようです。
□ 若くして総入れ歯だった父のこと
村上祥子さんのお父様は、毎日銀座通りを端から端まで歩くのが大好きなダンディだったのだとか。「たぶん、歯の形のためにそうしたのよ」と、村上さん。けれど、そのために、お父様は食べることには難儀しました。「母の体調がよくなかったこともあって、ふだんの食事はお手伝いさん任せ。そんなわ
けで、私は、父になんとか美味しいものをと、子供の頃から考えていました。たくわんを細かく刻むとか、ゴマを振ってはいけないとか、素材の味や歯ごたえを残して食べ易くする方法です。ハンバーグも、肉はんぺんにならないように、肉の感触を残すとかね。だって、大好きなあわびは、一生懸命食べていましたからね」と、やさしい笑顔でおっしゃいました。
5.親が直面している現状は、自分たちにも遠い話ではない。自分の立場で、できることから取り組みたい。
現状と求められるもの
親が直面していること ①
「歯と目」のケアは、食事を楽しむ基本です。技工士に常時入れ歯を点検してもらっている人は、快適に噛み続けています。目も、食事用老眼鏡を作る
照明を明るくする事が大切
親が直面していること ②
安全で簡便なキッチンの整備は、自分でする面倒感をなくします。調理台が高すぎて、手に力が入らない。新しい器具は使い方が分かりにくい。
子供たちは、火事ややけどを心配する。
親が直面していること ③
好きなメニューも、老人用に変身すると敬遠したい。「いつものあれ」を少量作る習慣がないし作れない。出来合いのお惣菜や便利な一人用食品には馴染みが薄い。家族の心遣いが頼りになりました。
➡親たち用には、慣れてきた好きなメニューの食べ易さ開発が急務。
男性たちには、65歳までにキッチン入門として 料理の基本と器具の扱いを習得する機会づくり。
企業には、調理器具も含めて、安全で使い易いキッチン開発に協力をお願いしたい。
50カラット会議には、食べることに熱心な人がたくさん。力を合わせれば、将来は明るい。
親たちがいつまでも食事を楽しめるように、どんな料理、どんな工夫をすればいいかという課題には、すぐにでも取り組めそうです。
親たちの直面している食事の課題は、じっくり体験済みの私たちです。それぞれが試してみたこと、料理研究家として、あるいは管理栄養士としてこれまで取り組んできた経験から着想することを整理するだけでも、「親たちに贈りたい○適マーク付料理集」は出来そうです。また、キッチン開発には、同じく親たちとの生活を体験したり、高齢者の住む住宅の改造に力を注いできた建築家やデザイナーも沢山いらっしゃいます。
高齢者家庭のキッチンで活躍する器具に必要な条件も、想像ではなくて、日々の生活観察から、これだ!と確信を持って整理できるのが、50カラット会
議メンバーの強みです。「これは、ほとんど自分たちのため」というわけで、早速準備にかかります。
食べる楽しさ、作る楽しさ広めます
□ 新しい器具には、早めに慣れてもらいましょう。
「義父が一人暮らしを始めた時、温めることが出来るとおもって、電子レンジを買ったんです。でも、それは大きな間違いで、使い方を教えても、痴呆が出ていたので、使えずじまい、一度も使いませんでした。私たちからみて、便利かなと思っても、高齢になってからは、簡単な操作も覚えられないのですね。いろいろ覚えるということが困難になるのです。洗濯が出来たから、こっちも出来るかなと思うとだめという状態です」という話がありました。
「個人差はありますが、体が元気なら、75歳くらいまでは、自分の食事をあたためたりはできます」と、村上祥子さんがおっしゃると、「では、新しいことに興味をもっていける65歳までに、男性たちにもキッチン入門を果たしていただきましょう」ということになりました。
村上祥子さんのお知り合いの方に、スーパーの豚カツが美味しくないからと、ご自分で揚げ物をすることにした男性がいらっしゃるそうです。
自分で作ると美味しくて、その美味しさと喜びを体験して、作るということに一生懸命になれたのでしょう。
□ やり始めると、男性たちは合理的です。
堀江ひろ子さんのご主人は、60歳からの単身赴任だそうですが、「毎日、食事ノートをとってもらっています。男の人って、一度頼むと、ちゃんとつけてる。おもしろいですね。朝はトースト、ヨーグルト、コーヒー、バナナ、野菜スープなんかが書いてあります。酒の肴は、朝のうちに作っておいて、夜はそれで飲んで、食事をするようです。これも、外で食べるのは美味しくないし、外で一人でたべるのは侘しいからと言っています」と
のこと。さすが、料理研究家の夫です。
50代で、東京に活動の拠点を作った村上祥子さんのご主人も、60代からご自分の食事を作る生活を始めたひとりです。「それはもう、わたしよりよっぽどやっています。それまでは、料理研究家の家内がいるのに、僕がなんで料理するんだなんて言っていたの。それが、突然、カミサンをあてにできないと悟って始めたんです。わたしの本なんか広げて作ってるの。とっても頭がいい。塩分だって、チョンチョンと計算してる。美食家とは思いませんが、淡々とご飯を食べて、お肉ものを食べてます」。やっぱり、「門前の夫、習わぬ料理をする」でしょうか。
□ 男性たち、高齢者家庭にむけて、料理情報をお届けしたい。
テレビを見ていらっしゃる頻度が高いから、テレビ番組も有効でしょうか。 『食事づくりが面倒になったら読む本』も出しましょうか。いつか台所を開放して「地域のご同輩たちとランチタイムのスポットをつくる」、 うちのご飯をご一緒に風の「街の定食屋チェーンをつくる」というのも、夢の1つです。