2006年6月 発行所 「50カラット会議」
50カラット会議レポート
57号
50代からの挑戦
この春、50カラット会議が実施したアンケートによれば、「50代は生活の転機である」と答えた人は、回答者全体の83%でした。
転機にあたって取り組みたいことは、「体カ・体調の再生」「趣味や得意技をライフワークにする」「友人ネットワークの充実」「居心地のよい家庭環境整備」「夫婦関係の見直し」・・。みなさん、これからの人生に夢がふくらんでいます。こうした挑戦力は、どうも30代40代までの生活の中で熟成され、今50代で花開いている様子。
40代までの暮らしを振り返りながら生まれる新しい決意は、どんな方法で実現されていくのでしょうか。また、やり残した!これだけはやっておきたい!と挑戦することとは何でしょうか。今回の50カラット会議は、仕事にも人にも惚れ惚れとパワフルに取り組む5人の方々から、「75歳まではこれで行く!」を語っていただきました。
蛇の道はヘビに聞くシリーズ57
もう迷ってはいられない
50代からの挑戦は、小休止しながら過去を振り返り、さて自分に惚れ惚れする時間をつくろうかと、着々と始まっています。
40代までの挑戦は自分に潜む可能性と憧れにむけて一途に走り、挑戦しなかった故の後悔だけは避けたいと、失敗を怖れませんでした。
が、50代からの挑戦は、後がない。
今回の50カラット会議は、自分を支えてくれた人々を思い出し、やり残した憧れへの大きさを確認しながらの「もう迷ってはいられないスペシャル」です。
というわけで、初めての覆面会議。ご了承ください。
1.5 0代は生活の転機です。 2.仕事に暮らしに、持てる力を出し切りたいそんな自分を楽しんでくれる人が傍にいれば最高!
3.ライフスタイルは、合理性より気持ちよさ優先。体力もお金も少しの余裕を目標にしたい。
4.百花練乱。自分を活かすことに情熱湧きあがる女性たち。
5.夢の実現に必要なもの。
1. 50代は生活の転機です
4月実施のアンケートから「あなたの50代は転機だと思いますか? N=115
1.転機だと思うし、計画を実践中・・42%
2.転機だと思うので、計画中・・・23%
3.転機だと思うが、特に計画はしていない ・・18% 4.転機だと思う必要がない・・・4%
5.転機だとは思わない・・・9% 6.その他・・・4%
老後以前、75歳までの人生がテーマです
仕事では押しも押されぬ先輩格になり、家庭では子供のことより夫や親の存在が大きくなり、心身の健康保持には努力が必要という状況の中ながら、「50代からの人生」は洋々と広がっています。まだまだ「老後」以前に取り組まねばならない夢と課題があるからです。先ずは、これからの20年をどう自分らしく生きるかということ。例えば、「まだまだライフワークの途中、道を究めたい」「75歳まではよく働きよく遊びたい。経済的にも収支はプラスにしておきたい」「やり残した憧れの職業に飛び込みたい」「楽しい相棒と暮らしたい。夫や家族との関係を見直し中」など。 いつか、体の不調や家族の都合で思うがままの暮らしができなくなる日がくるかも知れないが、とりあえずの目標は「75歳までの自分を堪能する生き方」です。もちろん、「暮らしの環境、住む場所や住居を整えて、自然を感じる居心地をつくりたい」などの希望もあります。けれど、人間の面白さ、可能性にどれだけ美しく関わっていけるか。これが最大のテーマと拝察いたしました。
人間への興味は尽きない
□自分の人生の筋書きを見直しています。
「子育てが終ったことがきっかけでしたね。それまでは、いいお母さんになるということが最大のテーマだったけれど、これでよしと思った時に自分を振り返りたくなりました。振り返ってみると、これをしてこなかったとか、こんなことしてきちゃったとか、気になることが浮上してきました。これらを片付けて、自分の人生を完結にむけて修正したいと思っています。
ライフワークとしての仕事を究めるということが生活の基本ですが、人生を豊潤にしてきた人間関係としての家族や仕事のパートナー、友人についても、これからという視点で再考中です」
□やりたくて、どうしても出来なかったのは、銀座のホステスです。
「私の大学時代に親は離婚したのに、父の会社を継ぐ人と結婚して、住むのは母と一緒という変則生活をしていました。人間関係は複雑でしたね,
仕事もいろいろやりました。衛生検査技師、スポーツインストラクター、旅行会社・・。そして40代になろうとするちょっと前に再び大学に入ったり、行ってみたいと思う国にあちこち行ったりしましたが、それでもやっぱり家族とのしがらみという幹を外せずにきてしまいました。
それが、数年前、エイッもうやっちゃえ!と幹を外しにかかって、やっと自由になった。まだ今の仕事は止めませんが、羽ばたく準備は着々です。私がすごくやりたくって、どうしても出来なかったことが1つある。それ、銀座のホステスです」
□カニv.s.カニカマ。
「カニは本命側近の相棒、カニカマはカニの代役的相棒のこと。カニには、多くのことを求めてきました。素性、性格、鮮度、本物の高級感もね。結婚相手はカニじゃなきゃいけない。カニカマは結婚の対象にはならないの。でも、人生一元的じゃないし、カニカマの存在に救われることもあったと思う」
「ある時点で夫に恋愛感情がなくなっちゃって、ああこれから子供たちもいなくなってこの人と暮らしていくのか・・と思ったとき、夫のカニとしての価値を眺め直しちゃうってわけ。そんな時、カニカマがいたら迷うでしょうね」
「35歳位までは、カニとカニカマの2本立てだったけれど、今はカニカマいません」「私はカニだけでいい。カニだけ食べたい」
「それに、離婚には、エネルギーが要りますよ。これではイカンと別れるとしても、残念だし、エネルギー要りますよ。このカニでいいか・・なんて収めている人も多いわ」 カニはカニ、カニカマはカニカマと言う議論は、昔、仕事か家庭かのどちらかを選ぶという場面があったのを思い出します。両方必要なら、日和見的ですがバランスでしょうか。一本化しようとすると中々苦しいものがあるはずです。
2.仕事に暮らしに、持てる力を出し切りたい。そんな自分を楽しんでくれる人が傍にいれば最高!
ハツラツ弾む時間を共有する「相棒」がほしい。理解しあい、感動を分け合う人の存在は自分の生命力を高めてくれるから。
●自立の大切さは母親から学んできた 母親達が娘たちに期待をかけた時代に育てられました。 20,30代は世間の評価を圧力として頑張ってきた。50代になって振り返り、双葉より芳し実感しています。
●師に恵まれた、憧れた、目標にしてきた。 人との出会いが人生を決めた。30代までは優れた人にあこがれ、目標にして努力した。40代は実力づくりに忙しかった。50代の人間の魅力に関心を引き戻します。
●1に自分、2に子供、3に親。愛は無条件 夫は選んだ人だから、無条件というわけにはいかない。お互いに好きでいようと努力するか、これでは困ると批判的な目になってしまう
自分の幸せが周りの人も幸せにしますように!
ごれまでは子供や家族の幸せを気遣いながら生きてきたけれど、これからは自分本位に生きてみたいと決意する人がいます。
子供が成人し、親の気持ちをとりいれて結婚した夫とも離婚して、いよいよやり残したもう1つの夢に取り掛かろうとしています。この方の場合、離婚は家族関係をシンプルにすることが目的でした。「結婚」していない間柄になって、お互いの暮らしを立て直すという合意ができたようです。
法律的な結婚がカセになっていた気分が取り払われて、「ペンション形式でお互い利用料を払って住んでいるの。私の母がそれで賄ってくれてる」生活を続けています。名実共に同居人になった爽やかさが、夢にー直線の勢いになっています。 けれど一般的に、昨今増えている「熟年離婚」は、お互いの幸せを求めてのことであっても、「じゃあね!」とお互いの幸せに向って別れ行くほど簡単ではありません。50代になれば人の絆も多様多岐です。お見合いで結婚して10年かけて好きになりましたという方は、「夫の定年、私の出番夫は自由にさせてくれるみたい・・」とニッコリ。みなさんの相棒たちは、いかがですか?
夫たちへ
□別れは突然やってきた。でも、いい転機になりました。
「高校3年生にして、自分でお金を手に入れることをしない限り、自分の思うようには生きられないと思って大学に入りましたね。そして医者になったの。
学生時代も医者になってからも優秀でしたよそれによく働きました。でもね、母の介護のために家族もろとも実家に戻って、私は開業医に。介護と仕事で家族を顧みる暇はなかったですね。その頃、夫に夢中な人ができて、別れがやってきた。いい人でしたし、愛し合って結婚したのだけれど、長い間に向いている方向が違ってきてたのだと思う。1週間ぐじぐじ反省して、次の1週間大泣きして、その次の1週間は怒り狂ったけれど、その次の週に子供たちや友人が誘ってくれた旅で元気になっちゃった。今は、その時慰安旅行をしてくれた中のひとりと楽しく仲良く暮らしてます。籍は入れませんよ。だって、私のほうが高収入ですもん!」
□自分を襄めたたえてくれる人より、剌瀧を与えてくれる人が好き。
「逆の場合もそうですよね。褒められているのが好きな男の人って限界がありますよ。付き合っていて飽きちゃいます。つまらないですよ。
自分の方向を決めるような人、自分の夢の実現に刺激を与えてくれる人、つまり自分の人生目標という視点で尊敬できる人が好き。結婚する時も、そう思って選びました。人生の師という人には、何度か出会いますよね。尊敬は憧れになっていくこともある。そんな時、結婚の意味を考えました。
でもね、10年そうやって眺めた人と、さあ結婚できる関係になったという時、結婚するのを止めた経験があります。 10年間って、いいところを吸収し終わっちゃう時間なのかな。その方は独身を通して亡くなったので、ちょっと心が痛んでます。
□男の人は、奥さんをお母さんと思っていません?
「ご土人が亡くなった奥様がやってきておんおん泣いて帰ったと思ったら、次に相続の話でお会いした時にはすっかり事務的」「そうですよ。男やもめにウジが湧き、女やもめに花が咲くつて言いますもの!」「男性は、女房のことは愛していないという人でも、奥様が亡くなるとガクッとしちゃう。そして、1年半くらいで死んじゃうのよ」「日本の場合、男の人は奥さんのことをお母さんだと思っている。奥さんが死ぬということは、お母さんが死んじゃうってことなの。つまり、みなしごになっちゃう。みなしごも供なら可愛いけれど、おじいさんのみなしごじゃね!」
「女の人も、夫を大きいお兄ちゃんくらいに思ってるわね」
「でも、一人ぼっちの男の人って、ほんとうに可愛そう。一緒に歩んでくれる人がいないと、生きるって厳しいですよ。孤独こそ、病のもとです」
「でも、私は二度と結婚はしたくないわ。身軽でいたい。いつもそう願ってきたのよ」
3.ライフスタイルは、合理性より気持ちよさ優先。体力もお金も少しの余裕を目標にしたい。
●体力・・体力は使い果たさない。健やかな筋肉、骨、脳の保持に努力します 一度大病した人は、これからは生きたいように生きよう!と決意している。50代60代で亡くなった友人からは、「残された時間」を思い知らされる。
体は食べ物で整備する。食べた分だけ消耗する。運動も心がけます。
●お金・・今始める挑戦にはためたお金を注ぎます。これからは収支ややプラスが目標 75歳までは働かざるをえないでしょうが共通の見解。 今始める小料理屈資金も ギャンプラーヘの道もこれまでの貯えで挑戦します。収支はやや黒字が目標。「赤字抱えた75歳は困りますから」と。
【体力・お金・時間。少しの余裕は自分の価値観実現に注ぎます】 それでも日々激しく生きているのだから、作った余裕はゴージャスに使いたい。光と風が流れる住まいに憩い、大好きなことに集中する時間を確保し、時には上限なしのショッピングに現を抜かします。
「自分の楽しみながらでも自分が生きるくらいは稼げる」が目標です
これからの挑戦に資金が必要な人は、貯めた金を全部温めてきた夢のために注ぐつもりです。
「あるお金を全部使っても、残りの夢を果たすのは今しかない」と開始しました。あわただしく合理性と経済性を追求してきたこれまでとは一線を画して、今だ!と転機を悟るきっかけはそれぞれですが、皆さん、「今からは思うようにします」と宣言しました。働けなくなる「老後」を想像すると一瞬ひるみますが、誰かが支えてくれる見込みもなく、自分のことは自分でが基本であると思い知らされるだけ。
ならば!自分ひとりが生きて行くくらいを稼ぎつつ、思うように生きることにしようと腹をくくったところです。というわけで、小料理屋の女将、ギャンブラー、風水学と建築学との合体を目ざす研究者、小説家、バーのママヘの変身が着々進行中です。と同時に、セレブ+アキバ的「セレバ」も浸透中。大好きなものにお金や時間、空間を投資する一点豪華主義生活で、優雅も大事にしています。
始めます、準備してます
□◇75歳までは収支が黒字を目指すべし!
「収入が少なけれは、それなりの暮らしをすればいいのだけれど、することもなく庭を眺めて泣くなんて生活はしちゃいけない。75歳までは支出を上回る収入を目指すべきです。
そりや、フラメンコするのもいいのよ。でも、するなら先生になるくらいの覚悟でおやり遊ばせ。60歳になったら、60歳の人たちに教える先生が必要だもの。ぎっくり腰になったあとでどうやってフラメンコをすればいいかなんて、若い人には分らないでしょ。今高齢のおばあちゃんたちには、子供も孫も離れちゃって面倒見てもらえない人がいっぱいいるのよ。そうならないために、最後まできっちり生きられる準備が必要よ。
そりや、準備したからって万端とはいえない。天災で無ー文になるかもしれないけれど、何もしないでいるという、そんな馬鹿げた生き方だけはしないほうがいい」
□「あの人、こんな不良だったの!?」って思われて死にたい。
「自由に振舞いたかったけれど、父や母を安心させたいと思って生きてきました。けれど、40代後半に決めたのが、あの人ってこんな不良だったの?いい加減な人だったの?って思われて死のうということ。
それで実行したのは、内緒で田舎に家を買ったこと。岩風呂の温泉があって、お風呂からは海が見える。それでいて、駅からは徒歩圏内。私、車の運転しませんから。畑と庭があって、野菜も出来る。地下は書庫。15畳くらいあるから、本はたっぷり入ります。仕事しなくなったら、海を見ながらゴルフするの。
その時に、それまでの貯金のほとんどを叩いてしまったけれど、それからまた働いて、ある程度メドがついたから、こんどは小料理屋始めます。
収益は期待していないけれど、やりたかったから、とにかくやってみたいの。あるお金でやれるところまでやってみます。
これって、人生初めてのカニカマかも。本業に飽きないためのカニカマ・・・」
□「セレバ」する?
「セレバって、セレブのアキバ系。つまりオタクセレブ。何か1つ、自分が価値観を認めていることにセレブな雰囲気を持ち込むことです。
自分の大好きなものに投資して、優雅な時間を過ごすの。パラの花びらを浮かべたお風呂、いいシャンパンを飲みながら優雅なランチ、年に何回かの金額に上限をつけないショッピングとかね」
「私の知人に、自分の寝室の半分をワインで埋めている人がいる。結婚せずにワインにお金をつぎこんで、とうとう寝室がワインセラーになっちゃった!
ワインのことにはすごく詳しいんだけれど、嫌い!ワインで女の子をつろうなんていう根性がよくない」。 セレバは自己満足の美学ですよね。
4.百花繚乱。自分を活かすことに情熱湧きあがる女性たち。
個性の数だけ花が咲きます
●50代になると遺伝子が出てくる。これがやりたかったのかと気づかされます。 何故いまそれなんですか?と問うと、答えは子供時代に遡る。「子どもの頃、あまりにい子してきたからね」「複雑な家庭でしたから」etc.
蒔かれた種が花開く時です。
●自分の使命、天命を知る。経験をいかせる新天地が見えてきます。 積み庫ねた勉強と人生経験が新しいテーマを生み出してくる。「海外生活での見聞と住居学の合体でインテリアコーディネーターを究めたい」I多彩な人間模様体験をいかして小説書きたい」etc.
●今やっておかないと!という気持ちに背中を押される。やっていいんだと息ったら、心が自由になりました 40代までは他の世界に手を出す余裕がなかった。何事も10年一区切りだからこれから10年頑張ります。その先のことは、走りながら考えます。
情熱は人にも向かいます
居合わせた7人の内4人までが離婚を体験しているこどが分りました。
離婚は、しないで済めばそのほうがいいのですが、夫婦を解消したほうが幸せと思ったが最後、別れが訪れました。4人4様に事情はちがいますが、結婚相手には「自分の好きな生き方に上手にはまってくれる相棒」であることを求めているようです。4人の内、ひとりは再婚、ふたりはパートナーがいらして、これからの挑戦にも大いなる関心を寄せてくれているとのことでした。
自分の生き方に興味津々の男性がそばにいるのは嬉しいもの。その方のことをお話になるときは、輝く笑頻です。離婚も大変ですが、50代からの「結婚」はよほど賢くないと人生を複雑にするだけというわけで、心の絆を楽しめる「セレバな相棒」をパートナーにしている様子は、さすが人生の達人ですね。
また、いま心ときめく人を得て夫を眺める人の胸に去来するのは、人を傷つけることへの怖れです。あれこれ話す内に、「大切なのは一に自分、二に子供、三に親。子供を傷つけるのは・・」と、想いを断ち切る決断です。
好きな生き方をしたければ、「結婚」にはこだわらないほうが成功率は高いのではと思いますが、いかがでしょうか。
花の種
□父との戦い
「いい子でいることへの反発で育った自分がありますね。先生に可愛がられ学級委員をやり、不良の面倒まで見て、羅展されていると羨ましがられる子供時代でしたから。仕事にしても、父から見ると、モデルなんてそんな不良のすること!という憤りがあったわけで・・。仕事を理解してもらうことは大変でしたが、ひとつの励みでした」
「私も家ではいい子でした。親から叱られた記憶がない。その分学校で悪かったです。裏番長をやってました。親の言うとおりにしていたら、土地持ちのお金持ちと結婚するところだったけれど、離婚するときケチでお金をくれないかも・・って考えたし、それをきっかけに、自分の人生のお金は自分で稼ごうと思いました」「私も父の望みを叶えてあげようという結婚をしましたね。でも結局は、その人のために生きようとは思わなかったですね」
□人生の師 「夫について海外生活をしている時に、好奇心から通い始めたインテリアスクールで、人生の師に出会いました。その先生についてまわり、アメリカの上流階級家庭のインテリアに触れる機会があり、世の中にはこんなにすばらしいことがあるのかと開眼。その時、33歳になっていましたが、それからは寝ても醒めてもインテリア。子供の勉強をみて寝かしつけてから自分の勉強をして、徹夜ということもありました。人生で頑張る時期とか、与えられたチャンスを自分のものにする時期というのがあるんですね。海外へ出たり入ったりの連続でしたが、夫も定年、やっと日本に定住です。今からは、私の時代です」
□自分に欠けていたものに憧れては、卒業する。
「自分の持っていないものを持つ人に出会うとドキッとしますよ。その人の考え方やノウハウをもらいたいって、近づきたくなる。
そして、その人を吸収し終わると、お付き合いも終るの。卒業しちゃうのね」
「それは男の人にもある。別れた夫が、その後帰ってくるって言ってきた。相手の女性を卒業したんでしょ。だけど、その時私は仲良く暮らしている人がいたから、屋根裏部屋でよければどうぞって言ったの。帰って来なかったけど」
5.夢の実現に必要なもの。
4月実施アンケートから「夢の実現に必要なものは何ですか?」N=115 MA
1.自分の決意・・60% 2.お金・・・・57% 3.時間・・・49% 4.計画の具体性を練ること、データ収集・・44% 5.家族や周囲の人の同意、協力・・43% 6.その他・・20%
その他としては「実力をつけること」「体力をつけること」「一緒に動く人」「タイミング」「家事を代わってくれる人」
人生の堆肥が発火点に達しました
50代からの新しい挑戦には、基盤があります。
ずっとよく働いてきた、学んできた、遊んできた、恋をした、食べてきた、旅をした。仕事への信頼、しつかり働いて貯めたお金、着々と進めた家族たちの自立、出会った人たちとのネットワー久30代40代があったから、今飛べます。
結婚し、子供を生み、家庭を愛し、仕事にはまって、二足も四足ものわらじを履き替えて走り続けた人たちです。
いま50代。三足のわらじはきつくなりましたが、走り方のギアの入れ方も小休止も上手になりました。それに何より、50代の女性たちは、人を愛する情熱を持っています。ドキドキ生きていたい、人にワクワクさせていたい、感動を分けあいたい。新しい挑戦も孤独の中では、力がはいりません。
「そばに誰かいなくちゃね」だそう。パワフルです。「何かに情熱を傾ける人が好き。そういう人との生活なんて、大変なのは目に見えているから結婚はだめ。でも、眺めていたいわね。自分のエネルギーを確かめている快感があるじゃない?」。大人の余裕っていうのでしょうか。
さて70代になるまでに
□ 何でも10年続ければ「一人前」になれます。
「どんな職業でも10年間修行すれば一人前になるでしょ。ただ、10年はかかる。今まで何の準備もなかった50歳の人なら、60歳の自分を目指すことですわ。決惹が先にたって実力がないと非常に苦しくなりますよ。私の場合は、家庭のことは何も考えていなかったから、コトが起きた時はバタバタしてしまいましたが、仕事と人間関係はしっかり基礎が固めてありましたから、楽しめています。物事を成し遂げるには、能力、バランス感覚、コネクションですね」
□わがままになったし、ボケも始まった!?
「全くわがままになるわよねJそれが許される年齢にもなったし・・。
こんな人たちが老年になったらエライことよ。老人ホームなんて大騒ぎになる。静かに縛られてなんていないしね。自治会をつくりましょうとか、まず議長を選びましょうなんてね!それに、ボケてもくる。全員が少しずつズレて、議論の進行は大変だぁ。 私だって、もう少しボケてる。新しい患者さんの名前を忘れたりね。以前はフルネームでビシッと入ってましたよ。覚えようとしなくてもキチンと頭に入ってきてた。でも、そのうち、新しい別の能力が出てくる。名前を忘れたことも忘れてしまうの。肩が痛いな、明日整形外科に行こうと思っているのに、ああくたびれたと言っている内にお医者に行くのを忘れたりね。これも新しい能力なんですけどねJ
□居心地よい住まいづくりは、健康のもと。
「この頃は自然の風が通らない家、窓を開け放たない家が増えているけれど、やっぱり日差したっぷりの風通しのよい家に住みたい。空気が流れない部屋って、気が滞るんです。栄養学も医学も大事だけれど、住居学が欠けていますよ。空気の流れというのは、人間の体に直結していて、肉体や精神に大きな影響があるっていわれているんです」
「日本でも昔は住居というのは、自然や季節の移り変わりによる日の光や風の向きを考えて作られていたのよね。今はそんなことを無視して大きなビルを建てて、その地域にヒートアップ現象を起こしているのだから、滅茶苦茶ですね」
「よその家を訪ねると、入った途端に、ああ気持ちいいなとか、あっ嫌だなってありますね。あれは、空気の流れなのかな。それが、その家の暮らし方の現われだったりする」「私は、患者さんに、どんな寒い日でも、1日1回は窓を開けなさいって言う。風を通すって大切。昨日の夜の空気を人れ替えることって言うんです」「週末は田舎暮らしという人も増えてきたけれど、まずば忙しい毎日を気持ちよく暮らせる居心地づくり。セレバまでいかなくても、工夫はいくらでもありますね。
それにしても気になるのは、南側のベランダが洗濯物で占領される現実。お日様に洗濯物を当てる喜びと二者択ーという貧しさが淋しい。季節を体で感じる暮らしづくりは、食べ物と環境からですね」。