2008年8月 発行所 「50カラット会議」
50カラット会議レポート
70号
会議報告「この世代のオバサンは社会の安全弁。」
「オバサンの底力」
中年女性に「オバタリアン」という呼称が捧げられて早20余年。
その言葉のパンチカのすごさに、「一緒にされてたまるか!」と姿勢を正したことを思い出します。
この20年は、女性の生き方がテーマだった時代でした。
「オバタリアン」は、結婚、出産、子育てするのが賢い女性像だった時代に、そんな家族管理から解き放たれた中年女性が、ヤレヤレと羽を伸ばした姿を面白可笑しくデフォルメしたのではないでしょうか。
「オバタリアン」的所作行動への批判反省はともかく、今回は、「オバサン」の歳になったからこその女性の力に注目しました。
初めての人とも笑って世間話ができる、家の前を通りすがりの人に挨拶をかけられる、正当と思えば抗議するetc.これ、社会の安全弁じゃないでしょうか?
蛇の道はヘビに聞くシリーズ70
この世代のオバサンは社会の安全弁
「日本にはお嬢さんの次に続く女性の呼び方がないのよね」とは言うものの、「お姉さん」「おばさん」は、自然に使われてきた言葉である。ところが「オパタリアン」が現れて以来、「おばさん」は「オバサン」になり、女性の品格を問うまでになっている。
けれど、これだけの時代を生き、この歳になったから備わった人間力として、「オバサンカ」を有効に使いたいわよね!と4人の方に集まっていただきました。
作家で人形劇団「花げし舎」主宰・久田恵さん、産婦人科医・松峯寿美さん、シングルの中高年女性ネットワークSSS代表で作家・松原惇子さん、ダイバスティマネジメントを進めるNPOで広報を担当する山本加津子さんです。
目次
1.体力も気力もあるし行動力もある。オバサンには、社会の安全弁になる存在感がある。 2.「オバサン」には、社会の潤滑油的資質がある。同輩の男性達は叱り方が下手だけれど、オバサンは母性という天賦のオ能を授かっているから、叱り方も上手なはす。 3.お節介・世話焼きも、必要な時代じゃないですか?
「オバサンの知恵」も使いようです。
4. 群れ、ネットワークを楽しく続ける秘訣は、
お互いの気持ちを察しあう「オバサンカ」にある。 5.もう一つの「オバサンカ」は、物言うパワー。
ピアカウンセリングから政治に物申すまで。
1.体力も気力もあるし行動力もある。オバサンには、社会の安全弁になる存任感がある。
「オバサン」化の原因は解放感?
やっと自分のこと、自分の時間に浸れるようになって、嬉しくて、ついタガが外れちゃう。 もう誰もとがめだてしないから、人の目も気にしなくなる・・
●「オバサンやったことあります」
ホテルのロビーで夢中で話し「静かに」と注意されました。カフェで、持っていたチョコを出して食べちゃった!
あけすけな物言いをして、あれ、羞恥心が消えちゃった?
●「オバタリアン」はやりません。
厚化粧。電車内の席取り、高笑いや大声での話。ビュッフェスタイルパーティでテーブルに張り付いたまま食べること、自分のこと言いたい放題などに、批判と自粛。
●「オバサンカ」を実感したことあります.
6月に起きたアキバ事件の犯人はナイフを買った店のオバサン店員の応対に笑顔をみせていたけれど、あれってオバサンカ。世間話で心を柔らかくしてしまう。
個人的には「非オパサン」、社会には「オバサンカ」を。
「オバサン」への批判反省は、いくらもある。
その多くは、ひと目憚らぬ、相手の立場に無配慮、時と場合をわきまえぬルール無視、わがままぶり傍若無人な所作振舞いに向けられている。
やりたい放題、文句ある?という風情が迷惑というものである。
少し可愛いところでは、ついはしゃいじゃって・・という行為があるが、それくらいは、楽しそうな雰囲気に免じて許したい範囲だが、個人的にはいくつ
になっても、図々しくならないことを心がけたいものですね。 けれど、「オバサンカ」には期待がある。
オバサンには安心感が漂うから、道も聞かれるし、「シャッター押して」とも頼まれるのだ。時には煩わしいと感じても、オバサン店員の何気ない一言に和むこともあるし、「00に抗議します」という改善派には、共感もある。この歳だからこそのオバサンカは、社会の安全弁じゃないでしょうか。
「オバサン」対「非オバサン」
◇「オバサンは、声が大きい!」
話が弾んで、興奮のあまりつい大声になるのは、老若に限ることではないけれど、産婦人科医の松峯寿美さんによれば、オバサンが大声を出す原因の1つは、耳が遠くなっているかららしい。その上、電車の中では、電車の音もあるので、なお聴こえにくくなり、どんどん大声になってしまうというのである。
楽しそうに多少はしゃぐのは仕方ないとしても、「オバサンは高笑いする」「話の内容筒抜けの声高ぶり」は、注意するのも怖い雰囲気ですから、自粛しましょうね。
◇「オバサン」は、機嫌が悪そう。
目は半眼、口角は下がり気味のオバサンも、知り合い同士だと可愛く笑っている。
「子供は1人2人しか産まないし、早々にひとり立ちさせると、後は自由時間。趣味はセミプロ級になって、発表会だ展覧会だと忙しい。楽しい仲間と楽しい事しているのが好きなのよね。けれど、他所の人には不機嫌なの。どうしてだろう?」。
◇「オバサン」は、人の話を聴かない!
だから、人の話に耳傾けるのは、いいオバサン。
久田恵さんは、引き篭もり気味の子供を何年もお世話して、自立させた経験を持っています。
「その頃、父もその子の話をよく聴いてあげてましたよ。父は暇だったし」とは言うものの、人形劇の公演をする「花げし舎」に集まってくる人たちとは、「一緒に歳をとっていくつもり」と、久田さんは面倒見がいい。そんな仲間との生活でば「みんなが好きに話すことを横で聞いている役目」なのだそうです。
松峯さんからは、「それが、ピアカウンセリングになっているのね」と解説がありました。オシャベリをしていることで、それぞれが自分の考えをまとめていったり、答えを見つけていくという効果があるというのです。しゃべらせてあげる、聴いてあげることができるオバサンは、偉大なのです。
◇現代の中年女性は、生活にくたびれない。「非オバサン」です。
松峯さんは、産婦人科医としての実感を込めて言い切ります。
「結婚して、5人6人の子供を産んで育てるという絶対的価値観がなくなったので、今時の女性はくたびれませんよ。1人2人の子育てが終れば、周りは気にならなくなるし、自分にかけるお金はあるし、日常が自分の時間。だから、経済的にも精神的にも若いし、体もしっかりしています。
オバサンなんて、生活にくたびれていた時代の女性ですよ」。
50代女性向け雑誌の編集長をつとめていた山本加津子さんも、女性の変貌を振り返りました。
「雑誌のサブキャッチは、『50歳からは私が主役』だったんです。可処分所得が一番高い50代の女性は、豊かな時代を生きたんです。その時のテーマは、人生最後はひとり、ひとり上手にならなくちゃでした。昔は40代50代の女性が恋をするなんて考えられなかったけれど、いまはある。
お母さん役が終っても、しつかり社会への役割と人との楽しみを意識するようになりましたね」。
2.「オバサン」には、社会の潤滑油的資質がある
同輩の男性達は叱り方が下手だけれと、オバサンは母性という天賦のオ能を授かっているから、叱り方も上手なはす。
●オバサンは、黙っていても、「大丈夫!」というメッセージを発している。 知らない人に道を聞かれる、門前を通る人におはようと声掛けすれば「おはよう」と返してもらえるetc.
これ、オバサンが発している安心フェロモンの仕業でしよ。
●オバサンには、求められれば手を貸す親切心がある。 カップルに「シャッター押して」と頼まれる、駅でうずくまる人を見れば「大丈夫?」と声掛けてみる、『田舎に泊ろう』で「いいよ」と歓待するのもこの世代。親切が幸せにつながることを知っているのね。
●オバサンは、気軽に人に声をかける 黙っていることの緊張感より一言交わすことでの和んだ空気が気持ちいいからね。 不機嫌より、笑って物言うことの効果もガッテン承知。
ついしゃべり過ぎるのが、玉にキズ・・·
➡母性こそにこやかに対応できる原動力。にっこりを引き出すとオバサン力は幸せに満たされる
オバサンからの注意も、あまりストレートに物言うのは、大人気ない。
母性+ウィットで、追い詰めない一言が言えれば最高!
同年輩のご夫婦が電車に乗ったときの話ですが、その奥様は、ハッキリスッキリと物言うタイプらしく、座っていた若者に言い放ちました。
「年寄りを立たせておいて、よくも座っていられるわねっ!」若者はびっくり立ち上がり、ご主人は「連れではない・・・」とばかりに、離れて行ってしまいました。その席に座った奥様は、離れていくご主人に「あなた、空いたわよ!」と声を張り上げたのですが・・という顛末。
正しいけれど、虚しい。シリアスだけれど、可笑しくて、この話は笑いを誘います。でも、どうしていますか?
分っているのは、相手を追い詰めたり、辱しめては、身もフタもないということ。母性+ウィットで、相手に頭掻き掻き笑って立ってもらう一言を考え中です。
「オバサンは社会の潤滑油」実感
□パッと思い出したのが、この間のアキバ事件。
「あの犯人が刃物を買いに行った時に、中年のオバサン店員と楽しそうに話しているビデオがあったでしょ。あの彼女こそ、まさに癒しのオバサンだったと思う。その時は、彼女もまさかあんな事件の犯人になるとは思っていなかったのだけれど、結構な金額のお買い上げだったから、普通に応対して世間話をしたと思うのよ。
でも、彼にとってみると、『久しぶりに雑談を交わした相手だった』って言っていたって新聞に書かれていたでしょ。
あれ読んだ時、店員が20歳くらいだったら、ああはいかなかったろうと思った。
ふつうのオパサンだったから、優しさというか母性を感じて、彼の方も笑って買っているのよね。それを見て、“オバサンカ”だと思った。
意識しているわけではないけれど、日常的な身についた対応ができるのがこの年齢で、こういう気持ちや交わりがあれば、彼みたいな人を減らせるのじゃないかと思ったんです。笑い合える人が周りにいたら、彼もああならなくて済んだかもしれないって思うと、“オバサン”って価値があると思います」。
□「ご近所に、この人あり」の安らぎ。
「この間、久しぶりに実家に帰って、ゆっくりしていたのだけれど、母の所に、次々に人が訪ねてくるのよ。私、面白くなっちゃって、こんな生活いいなぁって思っちゃった。見直しちゃった。住宅地の一軒家。母は元気でひとり暮らしなんです。そこに、いろいろなオバサンがくるのよ。
半日で3人も来た。それが楽しくて・・。母は、楽しいことしか言わない。そこに人が集まってくる。見ていると、周りの人への対応が、明るいですね。グチを全然言ったことがない。
母は、自分が歳をとっているなんて全然思っていない。年齢は感じていないと思いますよ。
母は、暮らし方も、日本の伝統的な暮らしをきちんと保って続けてきた人。例えば、夕方になれば水が玄関に打ってあるし、季節によって建具や飾り物も取り替えてあるし、訪ねていくと、掛けてある絵は毎回違う。お茶碗や食器もいろいろ持っているし、そのしつらえもチャチャとつくってもてなすから、訪ねてくる人が楽しいのよ。集まってくる人たちって、母と似た者同士よ。『類は友を呼ぶ』です」。
□子育て支援にも、一肌脱ぐか..
「最近は、公園デビューってないそうです。あれって、お母さん達の情報交換という意味があったのに、今はお互い話さないの」「そうそう、しゃべってない。ひとりのお母さんがひとりの子供にくつついてる」「ということは、そんな人たちをつなぐために、オバサンご出動の時かしら」
「そうなの。今のお母さん達をつなげるには、媒介する人が必要って、そんな時代なんです」
「誰かが媒介すると、みんな良い子だから、話をするようになるんだそうです。でも、自分たち同士ではやらない。今の人たちは傷ついたりとか、拒否されたりすることに耐えられない。怖れている。『こんにちは』と言っても返事がなかったらと思うと、声が掛けられないってわけ」。
ここでも、オバサンカが求められているようです。
3.お節介・世話焼きも、必要な時代じゃないですか?「オバサンの知恵」も使いようです。
余計なお世話!と怒った体験をお持ちの方が多いのは承知の上で、「でも・・・」と気をとりなおして。
●他人事と決めつけて良くなる世の中なんて、ありえない。
人の世話なんて、大変なばっかり」と世話役引退を考えるものの、人に無関心になってはいけない。「言うべきことは言う」が、出来る年代なのだから。
● 困っている人を放っておけない。
人の世話をする、喜んでもらうのが好きな世代だし、手の差しのべ方も知っている。経験や知恵は、使ってこそ価値があるのだから。
●男気ある行動は、「オバサン」が頼り。
オバサンはすぐ抗議するというけれど、根拠や正当性を述べての改善要求です。オジサンは怒りに任せて物言うから、世直しはオバサンの出番なんです。
年長者だらけの時代。「人の世話どころじゃないよ」と言ってては、皆で孤立しちゃいます。
50-60代はまだまだ体力も気力もあるのだから、「大変なばっかり・・・」なんて言わず、お節介や世話を焼きませんか?
親たちの時代には、年長者は地域の相談役として、大岡裁きとはいかないまでも知恵あるリーダーとしての存在価値がありました。
けれど、団塊の世代が60代になって、年長者だらけの時代がやってきて、新しいネットワーク社会が始まりました。なにしろ、みんな「年寄り予備軍」です。お節介な人、世話好きな人、友達と一緒にいるのが好きな人、何人か集まれば始められる楽しい時間を知っている人、共通の話題で時を過ごしたい人et c.
とにかく、「私、ここにいます!」と声をあげることが初めの一歩です。声はあげられなくても、寄って行きたい人もいるはず。「お世話は人のためならず」です。幸せのもとですよ。
お節介、世話焼きもまたよし
◇ 20代の人にとっての50-60代。
「人形劇やっていることにも、ヘンな気がしてくることがあって、50代のときはあまり感じなかったのに、60歳になったことで、自分の歳を客観的に見始めたのかな。
だって、時々、編集者の子なんか、怯えてたりする。向こうからしてみたら、怖いんだろうなと思いますよ。私も昔は何も感じなかったけれど、最近、編集者が20代じゃない?こっちは60すぎているのだから、お母さんより歳とっている人なのよ。
同じ感じでしゃべっているけれど、向こうにしてみたら、もしかしたら、畏れ多いって感じなのかなと思いますよ。突然この人が怒り出したらどうしようなんて、怯えてる。でも、若い編集者に聞いたら、『そんなことないです』なんていったけれど・・・」
□「会やりますよ」というと、あっというまに集まります。
「家の中だからそんなにははいれないけれど、12-3人。すぐ集まります。来る人の理由1ま分からない。そこでお友達になった人たちは、それぞれに誘い合って、読書会とか始めてる」
「人を求めているからね。自分ではやらないけれど出かけて参加したいの。普通の生活でお友達が出来る人は別だけれど、出来ない人がいるのね。友達作ろうと思って、ひとりで来ますよ」
「開くほうも、気まぐれにやるし、来る人も知らない人同士だし、それぞれの素性も分らないままなんだけれど、なんだか楽しい。時には一人一人が不幸話するのよ。その話が笑える。グチ言いに来ているのに、聞いている方は可笑しくて、抱腹絶倒してお終い。それがいいのかな」
「『ひとりの老後は怖くない』という本を出したのですが結構反響があって、この本が出て以来、会員の問合せが多くて、忙しいことになっちゃった。
これまでやってきたSSSネットワークは、50-60代の女性のためのネットワークなんですが、本に連絡先を入れたということの影響で、手紙は来るし、その対応でとにかく忙しい。
でも、この反応から感じるのは、一人の人からの需要の大きさです。ひとりの人って困っているね。お金じゃないのよ。友達がいないの。そういう人がくる。これまでは、高齢な人が集まってきていたのだけれど、本が出てからは、40代50代。その人たち見ていると、すごく不安で心配性。こんな時代だから、集まるんですね」。
□世の中、理不尽なことが多い。物申す役目があると思う。
「だって、理不尽なこと多いもの。一言文言したくなりますよ。言うべきこと言っていないと、だまされちやったりもするし。父は、若い頃ビシバシしていた人なのに、81歳過ぎたら、目茶苦茶色々な人にだまされていた。父の生活を見ていて、なんて世の中なのかと思いましたもの…」
「女性のほうが、まともな文句を言っているように思う。男性は、怒りに任せている・・」
「レストランなんかでは、言うわね。それはいいことですよ。何時に出なければいけないので、『何分<らいで出来ますか?』って聞くのだけれど、『すぐです』って答えて20分待たせたりすると怒ります。そういうの、ガマンしません」
「意見をハッキリ言うのは、相互理解のために必要だ、改善にもつながるでしょ」
「この歳になったから言えるとも思いますよ。年長者には、物申す役目があるんです」。
4.群れ、ネットワークを楽しく続ける秘訣は、お互いの気持ちを察しあう「オバサンカ」にある。
権利意識で、上から物言う人が増えている。営話する人とされる人の間に、お互いに支え合っていく意識を取戻したい。
●同じ楽しみで集まる。人形劇に集まるのは、メルヘン、ファンタジ一世界好き。
公演料をもらうと、みんなでお昼ごはん食べて喜びあう。インターネットで「お茶会します」と告示すると、予約はすぐ埋まる。みんなで笑う、汗する
その幸せ感が好き。
● 同じ境遇で集まる 今の世の中、ひとり暮らしへの不安は大きい。安心安全のために、同じ地域の親しい友人同士、日常的に交流できる拠点を作ること。ご近所づきあい、旧友連絡ものお世話始めましょ。挨拶を交わすことが初めの一歩。
●同じ志ネットワーク 環境問題を考えずして自分だけの健康はありえない時代になりました。生活の中で気づいたことを物申し、一つずつ改善していくことが大事。「オバサン力」の出番じゃないかしらん?
個人の権利、自分の流儀ばかりが績行する風潮は、会に集まってくる人にもある。会費払いながら、「オタク、何してくれるの?」
「もう、止めちゃいたい!」と、張り合いがなくなる体験は、ボランティア活動の主宰者なら、一度ならず体験済みらしい。
お互いが必要という意識と活動で成り立っているのだから、「オタク、何してくれるの?」と言われると絶句するか、お引取りいただきたくなるのは分ります。 けれど、「オバサン」は気分転換上手。
そのうち気づいてくれるだろうと、心の広いリーダー精神で乗り切ります。
団塊の世代の大量定年で、世の中ボランティア活動大発生ですが、あちこちで、辛抱強い「オバサンカ」が、怒りに任せて「もう止めた、止めた!」と叫ぶ男性たちをなだめていることでしょう。志が高くても、楽しくなければ続きません。「オバサン」はなだめ上手でもあります。
人は、人の中で元気になるのです
□お世話役は大変ですが・・・
松峯「60歳になったら、病院を辞めて、悠々自適というのをやってみたかったの」 山本「その気持ちは分ります!」
松峯「でも、やっぱり3日病院を離れてどこかに行くと、帰りたくなるの」 山本「それも分ります!アハハ」
松峯「それで、お産に立ち会って、オギアを聞くと、ああこれで私生きていられると思うの」
山本「今もお産を扱っていらっしゃるんですか?少なくなっているから、頑張ってもらいたいわ」田村「助産婦さんって、みんな長生きですよ」
松峯「そう、長生きです」
田村「赤ん坊からエネルギーを貰うからかしらん」
松峯「育てる世話は疲れるけれど、生まれて、オギアを聞いて、おめでとうって言って、私の仕事は終るからね。オギアで、エネルギーを貰ってる。
確かに、夜中の3時頃、一番熟睡している時に起こされて、『お産です』と言われる時は、なんでこんな夜中に..と思いますよ。嫌になっちゃうの。でも、『オギア』で帳消し」
田村「みんなで、辞めたくなっち生またやっているわけね」 山本「適当に・・が出来ない、不可能」
松峯「完璧にはやめられないですね。性格なのね」
山本「そのとおりです!」
□この頃、淋しい人が増えてきた! ?
「人のことはいいから、まず自分のことをしなさい!」と、子供を躾けている風景に出くわしたことはありませんか?自己中心の出発点です。
50-60代も、「主婦」から「一人の女性に」と、価値の転換を図ってきた世代です。
この20年は、世の中全体に、「個」としての自分づくりに邁進した時代だったのですね。
その結果と言っては短絡的かもしれないけれど、電車の中でお化粧するって何故悪いの?という問に、相手を納得させる答え方が見つからなくなりました。
電車の入口に座り込む若者に眉ひそめたものの、人が乗り降りするときには立つのだからいいか・・・と、良し悪しの基準が曖昧になっている自分にも気づきます。
「その人がいいと思っているのなら、口を挟むほどのことではない」と、我関せず、他人に無関心が常識化したといえます。
松原惇子さんが「グチになるけれど、この頃ヘンな人が増えた。日本人の品性が落ちていると思う。だって、人にものを頼むのに、上から物言う姿勢ですもん!対応していると嫌になってくる」と嘆くのも、自分本位でしか話ができない人が、当たり前のように増えたからでしょう。
そして、更に困ったことに、そんな人たちが「淋しい」のではないかということです。
久田恵さんは、お父さんの車椅子を押して散歩中に、通りすがりの中年女性から「死ね」という言葉を浴びせられた体験を持っています。「その人、淋しかったんだよね」と言うものの、「なんなの、この世の中!」と唖然とします。
やっぱり、今こそ人と人をつなぐ達人「オバサンカ」を発揮しなくちゃ!ねっ!
5.もう一つの「オバサンカ」は、物言うパワー。ピアカウンセリングから政治に物申すまで。
「自分たちの問題」には、自分たち自身が一肌脱がないと解決しないと息う。
●集まれば聴いてほしい話をしゃべりだす。しゃべればそれなりに答えがでる 深刻に話し始めた不幸話に周囲は大笑い。本人は「えっそんなことだったのか..」と意識転換ということも。これ、ピアカウンセリングですね。
話させ上手になりましょう!
●気づいていないかも・・と進言苦言。
若い編集者たちは、きちんと言い分を伝えるとオドオド。けれど、会社はそこまで指導していないから、「仕事ってこういうもの」を教えておかなくちゃ!とお節介する。言われないと分らないことって、ありますよね。
●世の中、理不尽なことが多い。言うべきことは言わなくちゃ!
学生運動の後遺症で、政治アレルギーの世代だけれど、物言う習慣を復活させたい。生活を通して実感したことを発言する、抗議するのは「オバサン」の役目だと思う。
➡「自分たちの問題」には、自分たち自身が一肌脱がないと解決しないと思う
「ピンクにラメ入れたヘルメットでも・・」と大笑いです。
まだ体力も気力も行動力もあるのだから、自分たちの問題は自分たちで解決する努力をしなくちゃ!と、「オバサンカ」に期待がかかります。「アメリカのベビーブーマーたちが、政治を動かす力になっているというのに、団塊の世代は自分が遊ぶことばかりに夢中!」と怒る人あれば、「いま政治家は自分の仕事の判断がつかなくなっている。私たちが物言わないから、方向が見定められないのじゃない?」と言う人もいて、ひとしきり、政治に無関心を装う日本人気質を反省しました。親たちの生活を通して見聞きした「まさか? !」の現実が、明日の自分の身に起きないようにと願うなら、「この際、ピンクにラメでも入れたヘルメットでも・・・」
と笑い合ったことでした。ウフッ、みなさん、格闘してきた世代です。
親たちの生活で見聞きしたこと
□年寄りは、御し易い・・・
「お父さんは、若い頃、ビシバシしていた人なのに、81歳過ぎたら、目茶苦茶色々な人に騙されていた。銀行とかね。お父さんの生活を見ていて、なんて世の中なのかと思いました・・・
ミシンを売りに来て、50万円のミシンをお父さんが買いそうになったりとか。分からないから、つけこまれるの。友達の親もオレオレ詐欺とかにあって、本当にあるんだと思ったし、老人を狙う詐欺が多いのよ。しっかりしないとね!」
「しつかりしていたって、ある程度の年齢になると、そうなっていくのよ。私たちだって、20年経ったら、絶対今考えているようにはいかない」
「お父さんは、怖くなっちゃって、時計とか買っちゃったの。駅のところを歩いていて、寄ってこられて、肩を抱かれるように話しかけられた。それで、怖いから買っちゃうのよ。『お財布にいくらある?』なんて言うんだって・・」
「母には、『ドア開けちゃいけない』って、姉が言っています。知らない人を絶対家に上げちゃダメって言ってますよ」
「私も言います。しっかりはしているけれど、それでも、スキがあるの。平気で、200万円くらい使おうとしたこともありましたから。『そのくらい安いわよ』なんて言う。安くないって!
その時は、心配で夜中に母のところに行ったもの。翌朝は『そうね』なんて言っていたけれど、結局100万円で契約しちゃった。歳とるって危ないわよ」
「銀行だって、黒塗りの車に乗せられて、こっちの銀行に行って下ろして、こっちに入れるってやらせた。ほとんど犯罪じゃないかと思うことをされています」
「ウチの母も、デパートに行くと、店員にチヤホヤされて、スゴイ高いドレスなんか買ってくる。『お似合い』といわれて、サイズ直しもして、返金できなくなっている。どこに着て行くのっていうようなドレスを買ってきちゃう・・」
「私たちもなる!」
「家にいたとき、化粧品会社のひとが来て、どうしたって帰ってくれなくて、(化粧品なら使うからいいか・・)って買いましたよ」
「玄関にピンポンピンポン来るし、そこが一戸建ての嫌なところ」「だいたい、親切にされると弱いんでしょうね」。
□弱い人が犠牲になる・・
「犠牲になっているのが弱い人なのよ。そこがモンダイ。違うだろう、やるなら権力に向って!と言いたいですね。
昔は怒りのパワーは強い方に向かっていたのに、今は逆。老人や子供とか、弱いものにいってる」
「大体、上に向わず、下に向けるとは何事かと思う」
「このままじゃ、あと10年もしたら、社会でいじめられる側になっちゃうかもよ」
「まさか!いじめられておとなしくしているかしら?」。 そうです。おとなしくしてはいられません!