2009年9月 発行所 「50カラット会議」
50カラット会議レポート
75号
Part1 50カラット会議報告
現役リタイアしても、われながら「もったいない!」元BOSSたちは、頭脳集団を目指す
「仕事をやめたらどうする?」。
数年前から、団塊世代の男たちの定年後の暮らしに注目が集まりました。それは働く女性たちにとっても同じことです。
そこで、ほんの少し前に退職した女性雑誌の編集長や広告のマーケティングの世界でばりばり働いていた方々が集まりました。
「ひとりでは大きな動きはできないけれど、集まればプロ集団ができますよね。知恵と経験を積んでいるのだから」。
私達世代が暮らしやすくなるなら、次世代のためになるなら、力を集めよう!と「えいえいおー!」の会になりました。
目次
1. 働く女性だちの、仕事からの卒業
2. いい時代に仕事三昧の日々を送りました
3. 次世代の働く女性たちに伝えたいこと
4. 経験が集まれば“ 文殊の知恵”
1.働く女性たちの「仕事からの卒業」
まず、組織から自由になった嬉しさから。責任がある立場であるほど、売り上げの数値が求められるのが会社。プレッシャーを与えられ続け、緊張感で夜も神経が起きているょうな暮らしを続けていたのが、仕事を辞めると同時にふっと解放されました。
次は、組織から離れた厳しさ。早期退職をしてフリーの編集者に転身した人は、「毎月お給料が定期的に入ってくるというのはすごいことだった」と今更ながら感じています。それでもフリーになった自分の決断は正しかった、と揺るぎませんが。
組織から自由になった嬉しさと厳しさ
◇引退して、数字に追われなくなって、幸せ。
「週刊誌は1号赤字になり始めたら恐いんですよ。一度赤字になって、それが毎週だったらどうなっちゃうんだろう。私のときはいい時代だったので、幸いにして黒字でしたが、私が編集長をしていた雑誌は会社の収益の6割を占めていましたからね。死んでも死にきれない、と一瞬思いましたよ。よくみなさん睡眠薬を飲まないと眠れないとか聞きますが、私はそういうことはなかった。編集長って強靭な精神力といい加減さを持っているからね。私は気にしませんでしたよ。でも、やっぱり気にしていたんでしょうね。引退してから、数字に追われないってこんなに楽しいのかって思いましたよ。何をやってもいいわよ、まあいいかって思えるなんて」
◇辞めたあとで、毎月お給料が入ってくる大切さを実感。
「私は早期退職したんです。部長には、ウソでしょう?といわれたけれど、組織の人としてやるべきことはやった。今後は、エネルギーを自分の新しいことで面白いことに使ってみるという選択肢もあるかな、と思って辞めました。ノーテンキに出てしまいましたが、毎月お給料が入ってくるというのはすごいことではあったと、辞めたあとで感じましたね。どんな仕事ぶりであっても、ともかく毎月入ってくるのですから」
◇ 先に退職した夫に気兼ねしつつ。
「夫のほうが早く退職して自分の生活を作っているじゃない?そこに私があとから気兼ねしつつ入っていくわけだから、なかなか入りにくい。母の介護にかまけていてごめんなさいね、というと、いやいままで通りだからいい、と。確かに、男の人のほうが管理人としては有能ですよね。夫は財務をやっていましたから、いまは家のことは全部ぼくが支えている、みたいになっている。そこにどうやって入り込もうか」
「私も連れ合いから、働いていてくれっていわれるの。家にいて管理されたらかなわないって」「私が家にいないのがあたりまえという状況に慣れてしまったから、夜の8時ごろに帰ると、夫からなんで早いの?なんていわれてしまいます」
悠々自適とはなりませんでした。家族環境も仲間も放っておいてくれない。
◇ 待っていたかのように、親の介護が始まりました。
「仕事を引退したとたん、突然、母の介護が始まりました。自分のことを考える間もなく、いまはそれに忙殺されています。やっとなんとか落着いてきたところです」「私も待っていたかのように、連れ合いの親が弱ってきたから同居したいという希望ですぐ近くに越してきたんです。安心したかのように義父がすぐ亡くなり、アルツハイマーの義母が残されたので、私が引き取って同居。2年間お世話しました」
◇よりどころがなくなると、心もとない。
「最初はペットでも飼ったら?といわれたんですよ。何をしていいかわからないから。いま私と同じ世代の人たちが、引退しようかどうしようか迷って、相談にくるんです。私はちょっと早く辞めたものですからね。ずっと雑誌づくりをやってきた人たちですもの、何も作るものがなくなったら、寂しいわようというの。常に追われているのが嫌だった。そう思っていたのだけれども、何もないと寂しい」「やっぱり自分が社会で認められたい、というのがすごくある。退職して最初は、コンビニに働きに行こうかと思ったくらいですよ、申しわけなくて」
◇ あまったエネルギーの使いみち。
「介護をしていた2年間は、外にはあまり出られませんでしたから、お声をかけていただいたものをぼちぼち、講演したり原稿を書いたり、みたいな感じで。自分でもリタイアしたなという気持ちを持っていました。ところが母が亡くなると、もっとちゃんと仕事をしようかな、それともちゃんとリタイアしようかな、と迷いました。
そんなときに、NPOを立ち上げるのにあなた暇そうだからやらない?とお声がかかって。その活動に共感するところがあったので行くことになったのです」「子供から手が離れた友達がやたらに検定を受けているの。漢字検定、数学検定、いろいろあるらしいのね」「わかる。目標がほしいのよ。試験というのは燃えるんですよ。私ってなに?と思ったときは試験ですよ。それにね、勉強というのは裏切らない。仕事は努力しても報われないことがあるけれど。何をしていいかわからなくなったときに、私は大学院の受験勉強をしたのね。英語って1回ではわからなくても辞書をひきながら3回読めば、読めるようになるんですよ。大学院に行くことって、癒しだな、と思いました」「私は、教える仕事をやりたいとずっと思っていたので、引退したときに大学の先生をやりませんかというお話をいただいて、今年から非常勤で教え始めています。定年が70歳というから、どうせやるんならプロになろうと思っていま大学院で女子大生
をしております」 「私も週に1回、大学に行っています。授業が楽しくって」
2.考えてみれば、いい時代に仕事三昧の日々をおくりました。
働き始めたのは男女雇用機会均等法ができるずっと前だったから、男女の賃金格差はあたりまえ、昇進も女性は頭打ち。だから、転職を繰り返しながらステップアップをはかったり、独立して自分でオフィスを立ち上げたり、あの手この手で一歩ずつやりたい仕事に近づいていきました。
「初めからやりたいことができる職場なんてない」という現実があったから、とりあえず前に進むことだけを考えてやってきた、というのが実際のところでしょうか。普通の女性が慟き始めた第一世代です。雑誌の編集者には結婚なんて無理、といわれた時代。
それでも、働きながら結婚と子育てを両立する方法を探ってきました。厳しい道でしたが、それだけに面白かった。息子の結婚相手に、働き続けたことについて「楽しかったわよう。子供には負担をかけたけれど、楽しませてもらいました」と語ったそうです。
男性優位の社会で、チャンスを狙い、少しすつ希望をかなえてきました。
◇ チャンスはこの手でつかみとる!
「私達の世代って、意外に新卒で入った会社にはいないですね。2回、3回の転職なんてざら。最初から希望のところに一発で入るなんて人は少なかった。とりあえずここに入っておいて、またそこで中途採用があったらいってみる」 「私は、企業が大卒女子をとり始めた1期生。就職試験も商業高校の女の子と一緒にそろばんを受けたの。そろばんなんてできないから、足し算して大変でしたよ」「私のいた出版社は、私と同年代は全部中途採用でしたよ。男女雇用均等法ができる1985年までは男子しかとってないんです。男女同賃金になったのも、大卒の新卒をとったのも1985年から。それに、出版社に入ったって最初から好きな仕事につけるわけないし。」 「私のいた編集部は男社会で、女性を対象にしている雑誌だというのに編集者は全部男という時代でした。女性記者が増えて下からの突き上げでようやく変った」 「私くらいの年代で一般企業で残って働いている女性というのは、1つは管理栄養士の資格を持っている人。男性の管理栄養士は私達の年代ではまずいなかったから。もうひとつは英語力のある人。英語は女性の武器でしたね。一般企業の中で生き残れるとしたら、何か1つ男性にはないものを持つしかなかった」
「大学を出たら自立するものだと思っていたら、オイルショックで職がないんだもの。四大卒?仕事ないよ、と。だからフリーで出版社にもぐりこんで、そのうちに女性ばかりの編集プロダクションを立ち上げたんです」
◇すごい先輩たちに、度肝を抜かれました。
「私が入った出版社は、そのときはすでに女性編集長だったのね。それに私より年上のこわーいオバサマがどっさりいるの。ということは、女性でも長く勤められるということね。それにもびっくり」 「初期の女性編集長は、個性的でまさに特別な人たちでしたね。その後の私達の代は、いわば普通の女性が編集長になった時代。自分たちでは『第二期女性編集長時代』と呼んでいるんです。その私達がいま50代後半になってきた」
◇さまざまな人に会いや感動してきました。
「編集者という職業は、いろんな人にあって、いろんな家をみて、若い人にも取材し、タレントにも取材して、こうした中で自分の生きる目標をみつけてこられたんですよ。取材でいろんな人たちに会うでしょう?あの人のここがいい、この人のここがいいと感動するんです。例えば、稲葉賀恵さんが、『私、おしゃれする気持ちを忘れた女は嫌い』というと、そうだなと思う。ある人が、女の自立ってなんだと思います?と聞いてくる。経済力・・と答えると、性の自立よ、と。そうだよな、と思う」
◇出版社も、懐が深いところがありました。
「私は28オで出産退職してゼロ歳児を抱えて求職活動をしたんですね。失業保険をもらうには求職活動をすることが条件だったので新聞広告をみて。
その時は2000人以上が応募したという中で、よりによって私みたいな人間をとるはずないよねと思っていたから、すごく気楽で勝手なことをいって。それが採用されたのだから不思議でした」「私のいた出版社は最初から女性が強かった。男女平等だし、1年間の産休をとったのも一番最初だと思いますよ。あの頃は、出版社は進んでいたわね」
◇働く女はいつまでも青い?
「いつも思うんだけれど、女の人のほうが正義感があるから、こうしなきゃいけないと思ったらいうでしょう。私が変えなきゃどうするの、と。青いのよねえ。でもしょうがない。男の人は自分大事で、上がいなくなるまでじっとしているからね」「経験からいっても、女性というのはたいへん気前のよい働き方をするんです。お給料以上のことをしますよ。それは、自分のための仕事だと思うから。男性はどこか上司とのつながりとか、ラインのことを考えている。組織を動かすには、そういう人も必要なんだけれど」
3.次世代の働く女性たちに伝えたいこと
やり方は世代で違っても、知恵と工夫と生き方は見せてあげたい。
◇指導するのではない、私たち世代の経験を見せるだけでいい。
「残って後輩のことをやってあげることもできたんだけれど、順繰りに後進に道を譲らないと、と考えたんですね。いつまでも居座られちゃうのもねえ。頑張りすぎの罪、というのでしょうか、後ろからくる人の道をふさいじゃいけない、と思ったの。だから現
場で働くというのではない形で若い人たちをサポートできればいいな」 「うちの娘にあれこれいうと、ママは一番いい時代に右肩上がりで目標値もあって、がむしゃらにやってきて成功している、というのね。目標をもって邁進できた時代だから。でも娘には、私たちはそういうのとは違うの、と言下に切って捨てられる。成功体験はもういいの!といわれちゃって。私たちがこうやってきたから、あなたたちも頑張りなさい、というのではだめなのね」 「私は、妹がいない娘がいない、で会社の後輩たちが可愛くて。みんな優秀なんだけど、人づきあいがヘタ。それに自分が評価されていないことをものすごくコンプレックスに感じていて、自分はダメなんだ、だけど認められないはずはない、というプライドはあるんですね。それでいきなりうつ病になってしまったり。だから私は、ちょっとずつガス抜きして、そうか、そうか、と話だけ聞いてあげたい。こっちが何かいったって聞く耳をもたないから、話を聞いてあげるだけでいいんです」 「MBAをとった女性とかは、自分のキャリアを持ち、出産もちゃんと計算していますよね。だけど、家族というのは計算どおりにいかないことが出てくる。女性の力がついてきているので、やめてしまうのはもったいないな、と思うんです。そういうときに私達の経験を話せる場所、相談できるところがあったらいい」 「大学で教えている生徒によく言われるの、そういう風に働く女性に初めて会った、先生の洋服いつも楽しみです、そういう生き方を話してくださいって。若い人たちは目標を探しているんです。そういう若い人を指導するというのは、私達が生きてきた道をしゃべるだけでも充分なんですよ」 「今の子たち、コミュニケーションのとりかたがうまくない。個々にすばらしいものを持っていても、それを共有するとか、みんなで作り上げていくのがすごくヘタ。共同論文をみんなで分担して、各パートを得意な人が担当するということができない。一見仲がよさそうだけど、チームプレーができない。だから私達の世代の経験を大学のゼミで話すように、といわれて授業をやりましたよ」
4.経験も集まれば“ 文殊の知恵”
組織を離れたいま、これからの活動は経験を生かして本を書いたり、講演をしたり、あるいはやりたかったもうひとつの人生を生きてみる、などいろいろありそうです。
個人としてはそれぞれの活動がありますが、みんなで集まったら別の力が出せるのではないか、というのが今回のテーマです。
ひとりでは大きな動きはできなくても、集まればプロ集団ができる。仲間が集まることで別のダイナミズムが動き出す。なにしろ、おせっかいな「オバサンカ」はあるし、連帯が好きな世代でもあります。それに、場があればみんなが集まることができる。というわけで、組織から卒業した自分たちの次なる集まり方で、話は盛り上がりました。
ひとりではできなくても、集まることでできることがある。
◇なんといってもおせっかい世代、オバサン力。
「団塊の世代を含む50代は連帯を組むという意識があって、おせっかいなんですよ。高齢化で過疎化している団地で、一生懸命に活動をしているのはやっばり60代の団塊世代ね。いちばんおせっかいな世代。おせっかいしないと世の中が動いていかないから。オバサンカですね、自分にゆとりがあるから人におせっかいができるのよ」
「みんな同じ、というのが基本にある世代だから、放っておけない。教科書がみんな同じだったし、あの人もこの人も“ジャック&ベティ’’を読んでいたとか。私たちくらいの年代までは、常識が共通していたと思うのね。いい悪いがはっきりしていた。杓子定規だろうが何だろうが、モノサシがはっきりしていたからね。定規ではかって、自分にとっていいことは、相手にとってもいいことだろう、というのがあった。だから、人におせっかいになるわけ。それが、いまは多様化といいながらほったらかし」
◇ 経験を集めたコンサルタント集団ができる。
「私たち、プロとしての教育集団ができそうよ。よく元スチュワーデスの方が社員教育をやっているじゃない。それを、私達はビジネスセンスを教える、というわけ。プロとして通用する能力をつけるための社員教育をする。
大学の先生に、世の中に優れたマーケターが少ない、といったら、それはあなたが編集者だから、あなた自身が最高のマーケターなんだ、といわれたんですよ。毎週研究発表の資料をパワーポイントで作るんだけど、先生からこれを使わせてください、といわれたり。やっぱり編集者は編集がうまいんですよ。そういうことをきちっと教えてあげられるというのは、すごい才能のかたまりでしょう?
「コンサルタント集団ですよね。アメリカなんかだと、圧力団体になっているくらい」 ◇同年代の消費ニースをつかんで、消費を活性化できる。
「旅行の記事なんか、自分たちも雑誌で書いていたけれど、ちょっと背伸びしていたのね。いまなら、もっと実際に求めていた情報はこれだ、というのがあるんですね。
それがわかったときは、現場を離れている。そういう当事者のニーズをちゃんと汲み取っているものがないから、50、60代のデータはあるけれどニーズがみえていないものが多いんですね。例えば、旅行のプランでも、私たちがみんなでプランを持ち寄ると、企画がすごく違ってくる。はとバスプランも、面白いのができますよ」
◇ 新しいシニアライフ像とビジネスモデルづくり。
「私達は人数の多い団塊の世代で、ずっと消費を押し上げてきたでしょう。この世代はお金を握っているとか、組織を動かせるとか、もっと消費をあおるような動きができるはず。そうなれば、世の中の雲を少しでもはらうことができるんじゃないかしら。それが欲望に直面してきた私たちのできるところかな」「私たち世代が日本の人口の4分の1になっていく時代に、いままでのビジネスモデルではきかなくなってくると思うのね。老人ホームや老人食、夫婦のありかたは団塊世代前後ですごく変わってくる。私たちがこうありたいシニアライフのリーダーシップ、ビジネスモデルの役割が、このチームでできそうね」「自治体や大企業は、これから何とかしなきゃと思っているけれど、手をこまねいているでしょう。そういうところを動かせるシンクタンクが私たちでできるわよ」「かつて50代雑誌を立ち上げるときに、広告代理店はまだ時期が早いといって反対したんですよ。50代向けの広告が取れないからって。それでも私は立ち上げた。同じように、いま60代というのはあまり手がつけられていないですよね」
「化粧品会社が60代に向かっているところがあるけれど、どうしてうまくいかないの?とみんないっているのよ」「商品を開発する人と60代の間にギャップがありすぎるからだと思う。担当者たちがみんな若いし、忙しすぎる」「年齢をいうかいわないか、微妙なところがあるからね」「でも、60代の気持ちはいわれたいのよね。力強い60代の部分はあるわけなので」「でも、あまり面と向かって年だ、年だ、とはいわれたくない。現実にその年になってみると、過激だなんていわれたくないわよ」
◇みんなで集まれる日替わりママのいるバーを開こう。
「昔、商店街のおじさんが夕方から集まる店がありましたよね。情報交換のあんなお店が女の人にもほしい」「いろんな人が日替わりでママをやるの。その日によって、怒るのが上手な人とか、何でも聞いてくれる優しい人とか。手伝える人はいくし、お客も連れていくの」「お客さまになるだけでなく、そこで何かできるといいわね」
Part2 特別寄稿 札幌医大名誉教授 熊本悦明先生「男性の更年期」にご理解を!
熊本悦明(くまもとよしあき)先生のご紹介
日本Men’s Health医学会理事長、日本臨床男性医学研究所所長。男性医学、泌尿器科外科学、尿路性器感染症学を中心に研究を進め、現在は男性の更年期相談にも当たっている。「更年期と加齢のヘルスケア」シンポジウム、男性更年期をテーマにしたシンポジウムでお知り合いになり、50カラット会議の女性たちにぜひ男性への理解をと、今回特別寄稿をいただきました。
男性にも「更年期」があります
男性には女性の閉経の様な生理的変化がないので、説明しにくいのですが、女性の更年期障害症状とほぼ同じ様な症状があるという医学的報告(JAMA)は、100年以上前の1903年に、すでに発表されていました。
しかし、それが女性と同様に、性ホルモンの変動が重要な誘因となって発症していることが明らかになって来たのは、つい最近の1990年代に入り、男性ホルモンのチェックが日常の一般臨床で可能になってきてからです。そして今や、更年期障害は女性の専売特許でなく、男性でもかなりの人が経験し、下の図の様な症状で、辛い思いをしていることが明らかになって来ました。
最近女性医療が遅れていると言って、女性外来がやたらに増えていますが、本当は男性医療の方はかなり遅れていて、その男性更年期障害をしっかり診断し、治療出来る医者は非常に少ないのですJ世の女性方もパートナーの隠れた辛さを,是非理解してほしいものであると願っているところです。
男性更年期/熟年期に起きる臨床症状

そもそも更年期は何故おきるのか?
□女性側の性ホルモンの加齢による変動
女性は子供を生み、生命の伝承を担う役割を持って生まれてくるですが、その使命を果たすために、出生時卵巣内に30万個程の原始卵胞を持って生まれてきます。 その原始卵胞には生き物としての耐用年限があり、ほぼ50年です。
それ以後は奇形発生率が異常に高くなる為、卵巣が自主的に動脈硬化を起こして、卵を使用できなくするという、神の采配であり、更年期を迎えることになり、女性の月ごとに動く心身の大波が終わりをつげ、更年期を迎えることになるのです。その卵の耐用年限はエジプト時代の記録でも同じで、栄養条件が良くなっている現代でも50オ閉経というのは、今も昔も変わりません。
卵を成熟するために頑張る卵を包んでいる細胞群も、卵と共に萎縮するので、更年期後は、女性ホルモン産生も止ります。その女性ホルモン産生停止による生理的変化の心身への影響はかなり大きく、一時は多くの女性がそのために辛い更年期障害に見舞われることになるのです。
その更年期の体内性ホルモン環境の大変化の後、落ち着くと毎月起こる心身の大揺れもなくなり、安定した生理環境で暮らせるようになる訳です。
□男性側の性ホルモンの加齢による変動
一方男性側の生殖能の推移は、その女性側のそれとは全く異なっていて、男性独自の道を歩んでおります。睾丸は精細管というソーメンの様な精細管の塊で出来ていているのですが、その細いソーメンの内側に原始精細胞が散らばりながら張り付いており、また別に男性ホルモン産生細胞がそのソーメンの外側に胡麻を振りかけたようにくっつけている状態で生まれて来るのです。
思春期になり脳からの性腺刺激ホルモンがでると、精細管の内で原始精細胞は分裂を開始し、何回も減数分裂も含め成熟分裂増数を繰り返しながら、74日もかけてやっと一人前の精子に成熟し、放出される様になります。成人男子では、その精子生産力は、実に1日に5000万、言い換えれば毎秒600もの精子産生をするという、誠に精力的な生産能をもって、健気な働きをしているのです。女性が月の1つの卵を磨いて排泄するのとは全く異なる‘’動と静の異なる生殖子生産システム”と言えますし、これが男女の生き物としての見本的な在り方の差異を示すものといえましょう。
男性側はそれだけ生殖能機序に自由が与えられていることから、睾丸の加齢性変化もかなり個人的幅が与えられています。それでも精子形成機序の方は50オ前後ではかなり機能低下が進むのですが、男性ホルモン産生細胞(ライデッヒ細胞)の方は、加齢性機能低下は非常に自由な幅を持たされています。
一応は精子形成能の50オ頃からの低下に合わせて、機能低下が徐々に起きてくるが、個人によりかなり早く機能低下を起こすものもあれば、かなり長く高齢になっても機能を維持するという大きなバラツキがるという特徴を持っていて、歴年齢65歳で、生物学的年齢は50から80歳と、30年の幅が出来るとされております。
女性は性ホルモン・バランスの加齢による推移が比較的一様になっているのに比べて、男性の方はかなり個人差の大きい加齢性変化を示しています。これが更年期及びその後の男性・女性の元気さの違いの裏にある生理的背最と云えます。
ホルモン・バランス上から、極めて簡単に纏めるならば、生き物として、成人期の状態に比べて、女性は更年期後やや強くなり気味であり、男性は次第に弱弱しくなっていくという変化の感じのが、現実に出てくる訳です。
加齢によるストレス耐性への変化
更年期を論ずる場合、性ホルモン変化に併行して問題となってくる、もう1つ因子があります。それは、ストレスによる心身症的体調変化です。
その性ホルモン変化とストレスによる心身症的体調変化が、複雑に絡んでの生理的変調が、更年期障害発生に関わっていることを知ってもらわなければなりません。
そこで、更年期障害の詳しい話に入る前に、そのストレス関連の問題点を少し説明しておきたいと思います。
脳の機能も加齢により徐々に低下してくることは生物学の原理と言えるのですが、生物の生存の使命は次世代への生命の伝承にある訳で、神から与えられた生物としての機能の支えは生殖年代までと云えます。
それ以上は、生物を創った神から見れば単なる余生である訳で、その生殖年代以後の長寿は、神とは関係なく人間医学が勝手に創生した人生であって、それは神の決めた遺伝子レベルの関知しない所といえるのです。
そのため、遺伝子が責任を持つ生殖年代の終わる更年期になると、脳の機能は低下し始めるのですが、ことにストレスに対する抵抗性が落ちてきます。
進歩している医学はその低下予防にそれなりの対応はしているとはいえ、止むを得ない生理的宿命的変化といえます。それには生殖との絡みで働いていだ性ホルモンが、役割を終えて低下して来る事が、かなり影齊していると考えられております。
そのストレスが更年期年代の男女において例外はあるにしても、一般的に社会生活上に大きな差があることが、臨床上の問題点と言えます。
更年期年代の男女は、共に生活上のストレスがあるものの、男性側は丁度社会生活上管理職的地位にあって、極めて仕事上のストレスが厳しい情況におかれている例が少なくないので、ストレスによる反応性うつ状態に陥る可能性は極めて裔いといえます。弱り目に祟り目的状況ともいえます。
この男性における社会生活I::の強いストレスが、男女更年期障害パターン差を生じさせているもう一つの、大きな因子となっているのです。
男女における更年期障害の臨床症状の性差は?

更年期障害症状とされているものを詳しく分析すると、次の様な項目に分類されます。
①精神神経症状
②身体症状(自律神経失調症) a:心循環器系障害症状 b:運動神経系障害症状 c:知覚障害症状 ③性機能低下以上の症状群の発現に、性差があるかないかは、かなり臨床的に注目するべき点と言えますが、私は男女とも更年期障害症状は同じであると云う立場から、この質問を、男女両方にして検討しております。
やはり、一般の中高年夫婦対象の調査成績では、上の図の様に、各症状の出現率も男女で差が無いことが示されています。この成績からすれば、人間である以上、更年期障害症状の内容は男女同じであると云えるのではないでしょうか・。
ただ男女で症状の強くなる時期が、女性では所謂更年期の前半、男性では後半に なっています。これは症状発現を引っ張る因子の女子の性ホルモン変化が50オ前半、男子のストレス性因子が50オ後半に強いことを示す所見といえます。
この図の成績は、一応あまり問題なく日常生活を送っていて、特に障害症状の強くない一般家庭人での調査ですので、症状の重症度に差が無く、単に症状が強くない年令のみに差が出るのかもしれません。臨床症状が強く、医師を訪れる患者群では、女性では性ホルモン低下による自律神経失調症状の強い症例が多く、男性ではストレスによる心身症症状が強い者が多い傾向があるのではないかと言う意見もあり、今後の検討課題であると思っております。しかし、女性でも精神神経症状が強い症例もかなりあるし、又治療で女性ホルモン投与と共に抗うつ作用のある漢方薬併用治療が一般化していることからすると、自律
神経失調症単独例は少ないといえましょう。また、男性側にも、顔のほてりとか、動悸、又手足のしびれ、肩凝りなどの、男性ホルモン低下による自律神経失調症状もかなり、これらが女性特有の症状の様に言われておりますが、男性にもかなりあることを知って欲しいものです。
うつ反応の強い症例でも、やはりかなり男性ホルモン低下があり、男性ホルモン投与で症状改善が見られるのです。各種の障害症状発症には、両因子がかなり複雑に絡んでいると考えるのが妥当と言えましょう。ところで、臨床的に男性更年期障害症状とされているものの多くは、よく仕事疲れの為などと受け取られ勝ちで、閉経の様な判り易い症状のある女性側と違って、男性は更年期障害症状を、それと自覚判定出来ないでいるのです。反応性うつ症状が前面に出て、睡眠障害や元気がなく、家でゴロゴロしていることが少なくないので、男性更年期を理解していない家族から、だらしがないなど苦情を言われ、辛い思いをしている方も少なくありません。
実際、50オ以下の男性更年期障害症例では、その心身症的精神神経症状が主訴である割合がかなり高率となっております。
仕事が1亡しい中年男性が、その強いストレスによる心身症的症状として、不眠· 疲れ易い・気分が勝れず落込んで冗気が無いなどで困惑していながら、単なる仕事疲れであるからと受け取り、我慢、我慢と頑張っている例がかなりあることが、現代のストレス社会の問題点とも言えますCそれが自殺などに結びつくこともあり、これが最近の中年男性の自殺率が上昇傾向に結びつき、労働健康管理上、問題視されているのです。女性の場合は、閉経と言う生理的変化があることから症状が出ると、それが更年期障害と自認し周囲も認知して匡療に結びつき易いのに反して、男性の場合の更年期障害症状はそれと認知され難く上述の様に我慢しつつ頑張るうちに重症化して行くわけで、これが臨床上の注意すべきこととされております。
ことに最近人生80~85年の長寿化時代に入り、史年期という年代は今や人生の折り返し点で、以後の人生が単なる余生ではなく、元気に過ごすべき長い熟年年代となって来ています。マラソンでも折り返し地点での適切なケアーが、後半の走行の調子に大きく影響するとされていると同様に、今や、更年期での心身的体調調整をしつかり行って、来るべき後半の熟年人生を高QOLの健全なる体調で過ごせるようにしなければならない時代となっているのです。
男性の更年期障害の隠れたサイン
恐らく皆様、男の生理?それ何? と反応されると思いますが、これは、端的にいえば、それは“早朝勃起”のことなのです。
これを詳しく説明し始めると、かなり長くなるので、興味があればまた別の機会に詳しく解説させていくことにして、簡単に説明しておきます。
寝ている時、全生理機能が止まれば死んでしますので、ハイウエイを走っている時時々車のアクセルを踏む様に、レム睡眠時には夜の神経・副交感神経が興奮して内臓を動かしているのです。陰茎も外には出ているものの、そもそも内臓の仲間なので、その時内臓と一緒に反応して勃起しているのです。この勃起は、覚醒時の性的興奮による勃起とは別のもので、胎生期の男児でもその勃起があり、男性ホルモンが多くなる 20代男性は寝ている時の半分、40~50歳でも4分の1は睡眠関連勃起をしているのです。男の赤ちゃんがおしめを取り換える時勃起しているもこれで、尿が溜まっていたためと思っているのは全くの間違いなのです。
その最後の睡眠関連勃起時に目覚めるとそれを自覚出来る”早朝勃起”とされて いるのです。女性生理が思春期で始まるので大きく問題視されるのですが、男性たるもの、これは生まれた時からの現象であり、身体の自然現象の様に受けとっており、あまり特別視しないで、特に事挙げもせずにいる訳です。
ところが、この早朝勃起は、ストレス性の抑制が強かったり、男性ホルモンの低下が著しいと、40~50歳代でなくなってしまうのです。しかも、他人と比較出来ないままー般的に男性達は、それを当然の自然な加齢性変化と受け取っていて、なんとなくそんなものかと自分で納得してしまい、ほとんどの男性は、何故なくなったかなどと原因。
考えないまま、あまり気にしないでいるのです。しかし更年期年代で、早朝勃起を全く自覚しなくなるというのは、平均的にいっても勿論のこと、特に元気に社会で活躍している人としては、男の生理を失くしてしまっているのは、裏には必ず自覚しない男性ホルモン低下とか、ストレス性の軽いうつ反応などの、更年期障害がしつかり隠れていると言えます。寝付かれないとか、疲れたとか、朝元気が出ないとか、そのようなことがあれば、殆どの男性は、この“男の生理の自覚”も無くなっている筈です。
「男性生理の復活」の意義
下の図は、社会心理学者の.A H..Maslowの“ 人間性の心理の発達ピラミッド” ですが、人間としての生存の確認と自信が先ず出来ると、その上の心理として、生活上の自己尊厳と自信が生まれてくるのです。さらに、それが自己発展・自己充実に繋がり自己実現(Self actualization)に至るとされております。その流れの中で、男性にとって、生き物・男としての“男の生理の確認”は、やや衰えたかと自認している中高年男性にとっては、極めて心強い心理的支柱と感ぜられ、そこから自己尊厳、目己充実、そして自己実現へと心理的に登り上り、また生活上の夢も広がっていくと言えます,
臨床的に、Narrative based medicineの立場から、患者方の話を聞きながら中高年男性の治療をしていると、その変化を目の当たりにする訳で、医師として、まさに人聞・男の姿を見る思いがしております。
紙面の都合で、これより先には進めませんが、男性ホルモン低下は、更年期障害のみでなく、メタボリック症候群・糖尿病・嵩血圧や心筋梗塞・鬱病・骨粗髭症・認知症などの発症の裏に大きな役割をしていることが、最近の医学研究でかなり明らかになってきております。 しかもそればかりではなく、寿命がはっきり短くなってくるというデータもでております。
生き物・男性にとって、男性ホルモンは、まさに車のエンジン・オイル的窓義を持っており、医学的に重要なコントロールすべき極めて重要な因子なのです。

更年期と云う人生折り返し,点で、早期に男件ホルモン低下症状を認知し、しっかり医学的対応を行い、さらにその後の人生の健康医学的ケアーにも繋げることは、いまや長寿化時代のQOL医学としての基本的な任務となってきております。
勿論それを、一般市民の方々も十分意識しつつ自己管理を行い、更年期さらに熟年期を、嵩いQOLで生きるための健康保持と牛活維持の心構えを持つべきであることも強調しておきたいとおもっております。
終わりに
男性と女性とは生き物としてかなりな違いがあることが、医学的にだいぶ分かってきております。それぞれの違いをよく理解し合って、お互いの特徴を生かしながら、長寿化時代を高いQOLで長く生きていくために、ことに生殖年代を終えた更年期以後の人生後半の熟年世代から高年世代まで、手を携えて仲良く生きていきたいものです。
なお、最近” アンチェイジング・ネットワーク” の下記のWEBコンテンツに、 “男をもっと知って欲しい”と云うシリーズの連載レポートを医学的立場から書いておりますので、興味がおありの方は,是非時間のある折に読んで戴けたら幸甚です。
http://www.anti-ageing.jp /guide/kumamoto/