2011年3月 発行所 「50カラット会議」
50カラット会議レポート
79号
「超生物からのライフスタイル」
枯れますか?艶っぽくいきますか?
♪「艶っぽく」
・少しドキドキを楽しめるのは学生時代の男友だち。思い切り女っぷりを楽しむなら海外へ。
・昔のクラスメートから「会おうか?」のお誘い。オトナになった彼を見直す楽しみもある。
・生きた年月の文化がにじみ出ている人を「ねびまさる」という。堂々と女らしさを楽しむとき。
・ 60代からはもう自由。思い切り自己表現すればいい。誰にも何も言わせません。
・時間を過ごす楽しみを倍にしてくれる人がいる。そんな人に出あうと惚れ惚れします。 ・「大人の女」がわからない男性が多い。「おいくつですか?」なんて聞く男は論外圏外!
♪超生物の活動
・まだまだエネルギーがある。やれば報われる時代を生きてきたから、動くこと探してます。
・「リタイアメント」は仕事してきた年月へのご褒美。団塊の世代の男性たちも目覚めたみたい。
・遊びから始まったネットワークが「社会貢献」を考え始めた。昔取った杵柄が役立つみたい。
・コミュニケーション下手な世の中はつまらない。上手になる気遣いとマナーを教えようかな。
♪「エンディングノート」
・病気になったり死んだりするとき、不本意に扱われたくないし残されたものの処分で困らせたくないから書いておきたい。書きながら自分を振り返れるし。
「艶っぽく」
少しドキドキを楽しめるのは学生時代の男友だち。思い切り女っぷりを楽しむなら海外の文化の中へ。
司会 そもそも今日のテーマの「超生物のライフスタイル」の発端は、海外のリゾート地に行ったことから始まります。
ヨーロッパから大勢きていたのだけれど、おばあさんたちが実に艶っぽい。日本のおばあさんみたいには枯れていないの。なんでああいう風になれるのかし
らと思ったのね。50カラット会議によく参加してくれるイベントプロデューサーが「60歳になったらローレンバコールみたいになりたい。赤いコートが似合う女になりたいわ」と言ったことがある。そのときは実感がなかったのだけど、実感しました。ドイツ、スペインからきている人が多かったのだけれど、様子を見ているとみんな堂々としている。プールサイドでも、ディナーの時間でもすごい。ショータイムになるとご夫婦で現れる。
習慣だと思うけれど、会話もよくしている。気分を盛り上げている感じ。楽しみ方が上手だなぁと感心しました。それで、私たち、これから枯れるの?
艶っぽくなるの?という話になった。
最近「還暦だ」「古稀だ」と人生を納める話が多くなりました。社会との接点が少なくなって、人から評価を受ける機会が減ったんじゃない?
人との関係を中心に、艶っぽくとか、枯れてとかの予兆から話はじめましょうか?
M 外国人の場合は、男の人が艶っぽいから女の人が艶っぽいのよ。パリのカフェでも80代のおじいさんが70代のおばあさんをくどいているじゃない。そういうことだと思う。
昔のクラスメートから「会おうか?」のお誘い。気心は知れているし、オトナになった彼を見直す楽しみもある
U ここにきて私達の年代って逆にモテると思うの。
もっと生々しい時代は、例えば昔つきあった男の子とは、お互いに家庭を持っているから疎遠だったのに、50代半ばくらいから「会おうか」という話になる。そういうのが増えてきた。
年賀状のやりとりするじゃないですか。 私も年賀状をやりとりしたのが契機だと思うけれど、2人の男性から「ねえねえ、会おうよ」という連絡が来て。そのうちのひとつは面白いの。その子は小学校のときに転校してきて、家の近くに引っ越してきたの。
あの頃って教科書が間に合わないことがあって、それで先生が私の隣りに座らせた。宿題なんかみせてあげて、と先生にいわれていたんですよ。
彼、すごくお勉強ができる人だったんだけど、私は全然興味なくて、むこうも私に全然興味なくて。小学校、中学、高校と一緒で、大学も一緒だったんです。でも、まったくグJレープでも遊んだことがなかったくらいご縁がなかった。
ところが、数年前に同期会があって話なんかして、それから年賀状がくるようになってたの。65歳を過ぎているので、同級生の男性もいよいよリタイア。
今まで全然連絡がなかったのに、お正月があけてから突然、「ねえねえ、そっちのほうに行くから会わない?話くらいしたいね」という連絡があった。
それで家の近くでランチ。
家が近かったのにこれまで全然縁がなかったのに、こんな歳になってから始めてデートするとは思わなかったわ。向うも「まず始めに僕の履歴から話すね」
という感じになったんですよね。
外側は知っているけれど、つきあったわけじゃないから、全然知らなかったし。 どこを出て、どこに就職して、何歳で結婚して子供はこう、という話から始まってね。だいたい仕事が終わったでしょう。
「周りをみても、いつ病気になったり死ぬか分からない年代になってきたから、会いたい人に会うことに決めたんだよ」というの。本当に枯れちゃってから会ってもつまらない。「お互いちょっとは胸がときめくぐらいのときに会わない?」というの。話してみたら、すごく楽しい人だった。
「こんなに楽しい人だったっけ?昔は理工系で変わった男の子だったよね」「そうだった?」なんておしゃべりして…。彼はカラオケが趣味で、昔の歌手の誰それを偲ぶ会に入っていて、なんじゃらかんじゃら言ってた。
「そこも一緒に」というから「そんな暇はないからダメ」といってね。そんな出会いがあって、「これからも時々会って下さい、ありがとう」というメールが来て。(う~ん、二人で会うというのはマズイのかな、でもこの歳だからいいんじゃない?)と少し考えたりもしました。 もう一人は、夫も一緒につきあいのある人で、お嬢さんの結婚式に出たりして。娘がこんなだから一回話をしてくれないか、というような関係だったりして。大学時代はつきあっていたというほどでもないんだけれど、私のことが好きかな?と思っていた人が、同窓会なんかあると「その前にちょっと早めにあわない?ふたりでしゃべりたいなあ」と言ってくる。「いいよ、ランチご馳走してね」みたいな感じ。
向うも仕事が終わって、気負いがなくなって、もうそんなに生々しい年代じゃないから、いいつきあいができればいいな。
もうちょっと前だったら、ふたりで会うのはなぁ、とか気にしていたんだけどこの頃はそういうのがなくなった。
会ったり、メル友で続いたり、連絡をくれる人とか出てきたわ。この歳になったら女男は関係なく、気が合う人だったらいいんじゃない?というのができてきた。それはそれでいいかな。
この話をちょっと若い世代の人に話したら、ええー?といわれて。(あら、まずいかしら?)って思ったけれど。男友達って違いますよね。
女友達って、私何人か親しくしている人がいて、彼女たちと話しているのが一番楽しい。この頃「もう男いらないよね」っていうのがもっぱらなんですけど「男っけが全然なくなったらまずいよね」と、お互いにいっている。このところ、数年で急に男友達がワーッときてる。
たぶん男性も仕事をしているときはとてもそれどころじゃなかったけれど、いまちょうど完全にリタイアし始めている男性がでてきたの。
そうすると、自分の老後を考えたときに少しは女友達がいた方がいいよな、と男の人も考えるんじゃないかな。
生きた年男の文化がにじみ出ている人を「ねびまさる」という。堂々と女らしさを楽しむときがきたのね!
M 人持ちになるチャンスじゃないかな。女性だけじゃなくて、男性もどんどん交遊が広げられるのと、「黄昏流星群」みたいな、何となくときめいていたい50、60代というのもあるかもしれない。ヨーロッパの人がすごく素敵、というのは私が雑誌編集をしていた頃もありましたC。ミラノの女性はすばらしい!と編集者が感激して帰ってくるわけですよ。おとなの女性がすばらしい、と。
ヨーロッパの他の都市は若い人がキレイだけれど、ミラノはおとなの女性が素晴らしい。それは、経済的にも時間的にも豊なわけですよ。
それはリタイアメントというか、一定のところまで到達した人の持てる特権みたいなのがあるからね。
優雅なリタイアメントで、さあこれからが義務から解き放たれて、ここから自分の豊なときを、というね。
K 私は、今年の春に学校教育の仕事から抜けようと思っていたけれど、3年経ったら抜けられなくなってしまった。
歯車の中に入ってしまったら、私が抜けたらすごく大変かなと思って。しかたないから、もう少しいないとだめかな。
56歳からまったく新しいことを覚えた3年間でした。それまでの世界とは全く違って、いまは1日12時間も、教育現場にいる毎日です。睡眠時間が5時間くらいで、肉体的にも厳しいんですけど。
それが続けられているのは、元気なのだろうと思います。土日も休みじゃないので、かなりハードですけど。仕事のやり方では、この3年間で気の抜き方を見つけてきたから大丈夫。去年クリスマスに、ひさびさに3泊5日でハワイに母と二人でいったの。
それが私の中ではすごくリフレッシュになりました。日本にいるときは、自分で自分を形づくってしまうところがあって。海外にいくと、昔から自由になれて嬉しかった。今回はたった3泊だったけれど、昔の自分にもどれてよかったっ日本にいると服装ひとつでも、いろんな制限があって、こんな豹柄は着られないじゃないというのがありますから。そのときの写真がこれよ。
一同 わーお!吠えてる!
K 海外に行くと、私は自然とそんな自分に
なれるの。素の自分になれる。バッグの中に入れていったのは、この豹柄。海外 でそれが着られる、というのは文化なのよ。ハワイはそんなに文化がないからおしゃれもできないんだけれど、ヨーロッパは文化があるからおしゃれが思い切りできる。海外に行くと、その地に着いたとたんに、素の自分に戻れる。顔が変わります。若い頃に海外のリゾート地に行っていたから、その頃に戻れる。日本にいるといろいろしがらみがあって、枠が無視できない。
T 若い時にいろんな体験をしていないとそうなれない。体験てすごく大事ですね。
K そう思いますね。みなさんいろいろ体験しているからそこに行ける。
どっちが自分だかわからないけれど、距離と違う空間に行くことによって、違う自分になれる…のかな?
いまは忙しいから、遊べないですね。
日本にいるとだめだから、1週間以内しか時間がとれないけれど、1週間以内で極力旅に行こう、と決意しました。日常生活だけじゃ苦しい。ふっと脱ぎ捨
ててどこかに行きたいそこに相手がいなくても1人でも私はハッピー。外国では、汚い格好をしてホテルに入った時と、ちゃんときれいにした時とではまるで周りの視線が違います。
ファッションを変えて現れると、おおさっきの人がこうなったんだって目で追ってくる。人の視線を楽しむことって、けっこう面白いです。私は好き。 ニューヨークでスノップな方たちが集まるレストランに行くでしょう。パッと見て視線を戻されたら、きょうはあまり素敵じゃないんだわ、と思うわけ。
一度視線をもどして、もう一度上から下まで見られたらおしゃれは成功。そういうところはすごく女性を磨くと思う。
T 視線というのはおしゃれだけでなく、気持ちも磨くわね。
K そこに行くために、シチュエーションを考えてそこで振り向かれる自分を演出する。おしゃれをする。楽しいわ。
M どんなに病気で苦しくても、吉武輝子さんみたいに背筋を伸ばしているということが大事ね。
前に雑誌でもアンケートをとったけれど女性が新しい洋服を買うのは、旅に行くときなわけですよ。
お友達同士、他の人の目線が気になるから、みんな頑張る。それはいくつになってもそう。旅行着は考える。それに、仕事をやめちゃうとすさんだ毎日
になる。だんだんメリハリがきかなくなるのは、弛緩していっちゃうから。いろんな形で自分を発揮できる場を開拓していかないといけないんしゃないかな。
Y 同級生の男友達とあうときだって、女友達とは違って、ファッションなんかも考えますよね女友達は気安くていいけれど。別にその男友達が好きというのではないけれど、その人からみて私はいまの年齢なりに素敵でありたいと思うじゃないですか。「気になる人」として別れたいものね。
女の人とだと今日はスッピンでいいよね、簡単なところで会おうとなる。お互いにそれですんいゃうでしょ。いちおう相手が男だと、髪もこうやって気
にして整えてます。
A さっきの話の続きですが、私もバッグパッカーでヨーロッパ一人旅をしたときに、チュニジアのチュニスのホテルに荷物を置いて、疲れちゃったからリソートのホテルで少し休もうと思ったの。
チュニジアのマイアミビーチという高級リゾート地で泊まろうと思って、最初のホテルに入って「1泊泊まりたいんですが」といったら、「部屋はない」というの。なんでこんなに大きなホテルで部屋がないの?何かおかしいな、と思って自分の姿を見たら、これじゃ断るだろうなという格好。
でも荷物はすべてチュニスにおいてきたので、これしかないわけですよ。
でも私は、きょうはリゾート地のふかふかのベッドで寝ないと体力は回復できない。で、次のホテルに行った。着るものは変わらないのだけれど、尊大な態度で「Do you have anyroom for tonight?」といったら「Yes、madam」と。やったぁ!服装も態度も、見られているわけよ。
M 日本なんかよりもずっと格差社会だから、判断するものが身につけているものとか。日本はみすぼらしい格好していたって、とんでもないお金持ちかもしれないじゃないですか。
A チュニジアでは、私は何もないから、さっと優雅に歩いて態度で示したわけ。
K 日本は格差がないから、そういうことを楽しむことがヘタなのだと思う。向うで本当に楽しむんだったら、お金と自由な時間がないとね。
M 日本はみんな横並びでしょう。ヘタに突出しちゃいけない、みたいなところもある
K ヨーロッパの避暑地で買う洋服は、日本に帰ってから着られないのよ。そのままではね。その時のことを思いだすのに、私はそれを着る機会を作りたいわけよ。
60代からはもう自由。思い切り自己表現すればいい。誰も何も言いませんし、言わせません。
Y ある年齢になるとみんな自己表現したいんだと思う。
私も社交ダンスをやっているけれど、発表会のときなんて、とんでもない服を着るのね。
つけまつげはするし、すごいお化粧。おとといなんて、ラテンだからまるで水着。フィギアスケートのスカートがパッとなるとパンツがみえちゃうような格好をなのよ。発表会だとパーティだからそれなりの格好をしていくでしょ。ある意味、毎回ドレスを考えなければいけないから大変は大変なんだけど。
自分を着飾ってアピールする。それも自己表現の楽しみ。
お友達でシャンソンをやっている人はけっこういるの。シャンソンて人生を歌うじゃないですか。だから理屈づけは、「人生いろいろ経てきたから、同じ愛を歌うのでも、20代の愛と 50代の愛は違うのよね」という思いで歌っているんだと思う。
たまにはおつきあいで行きますよ。招待状が来る人だけだって3人もいるもの。何らかの形で自己表現するのはいいことだと思っているんです。
年代を経てくると、仕事がなくなると、緊張感を持つような場がなくなるじゃない?
ある種の緊張感と目標をもって、これを目指してトレーニングをして、着飾って、スポットライトをあびて、みなさんの前で歌うのは、若さを保つ秘訣かな。そういう意味では、いいじゃないと応援はしています。
T もう昔の恋人に会ってもいいし、男友達とも堂々と会える
Y 枯れるという意識は、私はちょっと…。枯れる必要があるの?
T 枯れると思って枯れられるわけじゃない。逆に艶やかにと思って艶やかに生きられるわけでもない。
K 海外のリゾート地に行っただけで、もう艶やか。日本にずっといるとオバサンになっちゃう。
T 日本では、デートというと子供がするものでおとながするものじゃないと思っているものね。でも、おとなの時間の過ごし方って難しい大人同士、微妙な話ね。ふたりで会うということが、私は平気なんだけど、人には「えっ?」といわれる。
おとなの社交という文化が、形としてないじゃないですか。四国にいる友人が、男性と二人でお茶を飲んだだけで噂になるから、活動もままならないといっていましたよ。
Y いなかはね。東京では男友達とふたりで会ってもどうということはないけれど。
K 私はそういう感覚はまったくなくて。独身だから、いままでも制限なく会ってきたから。ふたりでといっても友達もいるし。私が友達の意識しか持っていなければ、ふたりで会っても全然それだけだし。
T 若いときと違うから、艶っぽくなるわけでもないけれど、枯れても何だか可愛いとかは大事だと思っていますよ。
M 私高校のときの友達がいて、女2人に男人。女性の1人は亡くなって今は女1人。なのに、みんなで旅行に行こうとかいわれて。私、ちょっと複雑な気持ちです。なんか違うんじゃない?
A いい出会いと、いい時間と、いい関係は、私もほしいと思うわ。
過ごす楽しみを倍にしてくれる人がいる。そんな人に出あうと惚れ惚れします。
T 一緒に行ける人がいるのはいいと思う。ひとりでオペラをみにいってもつまらないし。エスコート役として適任者はほしい。
K その道のスペシャリストと一緒だと、すごく楽しいですよね。
M そうそう。友達の男性のひとりは美術館員だったり建築家だったりするから、その視点で見に行ける。ラッキー!です。
A 去年の末に建築家のグループとスエーデンにお勉強に行ったんですよ。そのツァーのときに、私は建築家と結婚すればよかったと思うぐらい、建築家ってこんな発想するなんて、なんて楽しいんだろうって思っちゃった。いままでだっていっぱい建築家とおつきあいしてきたのに、十数人の建築家と一緒だと、建築家ってこうなんだっていうことがわかる。私、建築家と合っていたかもしれない、というくらい有意義でした。
建物だけじゃなくて、いろんなことに建築家の発想がある。それに、私がちょっと間違ったことをやっても、その意図は何かな、とポジティプに察しようとする。それが見えたときに、素敵だわと思った。
T 一生懸命の部分を持っている人って面白いですよね。なるほど、みたいにね。
A 私のバカさ加減のエピソードを話すと、緯度の話で、私は長野県の位置を勘違いしていたのね。そしたらひとりの建築家がさっと日本地図を書いてね。「これ」って示したの。この優しさ。すごくすてきなやりとりでがたくさん起こったのね。真剣に受け止めて、このひとはどうやったら理解してくれるのかな、と考えてくれるの。
私、ここでは好きなことをいっても大丈夫だと思って。間違ってもなんでも、この人たちは理解しようとして話を聞いている、とすごく安心感があったの。
T 日本の男性って、社交は上手じゃないけれど、自分の専門分野については優しくなれるのよ。取り柄はそれ。そういう集団に入ると、とろける思いができますよね。
K スキー場でスキーのインストラクターが素敵に見えるのと同じよ。山から降りると普通の人になってしまう。うふっ。
A せっかくこの集団はなんて素敵なんだろうととろけていたのに~、酔わせてよー。
T 一生懸命、相手が分かるようにしゃべるとか、相手がどういうところから考えているのか、いい加減なことはいわないところもいい。
自分の大好きなことをしゃべっているのだから、そりゃカッコよく見える。
Y 若いときに、私は都立の男子校だったから周りに男がたくさんいてね。大学でも男が多かった。友達とよくいうのは、「あの頃、私達はほんとうに男をみる目がなかったわね」ということ。若いときに素敵と思っていた人と、いま同窓会であって素敵と思う人が全然違うの。
T だって素敵の基準が違うもの。
Y 基準が違うということがひとつと、何十年の間にそれぞれがどういう仕事をしてどんな人生を歩んできたかによって、すごく違っている。
若いときはこの人と思うとカーッとなっちゃうでしょう。瞬間芸。
A 考えているとチャンスがなくなっちゃうから、瞬間芸でやらなくちゃいけない。
Y 昔は地味で、こんな人いたかしらという人が今はすごくいい味を出していて。外見もそうだし。若い時は、ちょっと暗い影があるほうがよかった。いまなんか、なにあれ、なに影、なんて。
K ちょっと臀りのある人がいいわなんて。ちょっと不良に惹かれたりね。
Y じいさんになってすねているのは困る。明る<楽しい方がいいわ。
M 瀬戸内寂聴さんが書いていたんだけれど、女性は閉経後は妊娠の心配もなくなるからそれからは楽しみ放題よ、と何かに書いていたのね。若い頃は「おお、そうか。いいなあ」と思ったんだけれど、実際にそうなってみたら、ちっとも気分がのらない。寂聴さん、すごいなあ、やっぱり。寂聴さんすごーいと思って。
T “超生物’’は、だから難しくなるのよね。体で全部すむのだったそれでいいんだけれど、それではすまなくなる。脳をフル回転しないと。
こっちがえ一つと感激しても、相手もこっちをえ一つと思ってくれないと成り立たないわけだから、え一つと思わせる自分を作っておかなければいけないわけ。
K だから、何かに燃えるものが欲しいのよ。それは男性じゃなくてもいいのよ。
T それでもやっぱり、男と女は特別なのよ。女同士にはないエネルギーが、男と女には出てくる。男の人と一緒というのは何か違うわ。
K それでもやっぱり、男と女は特別なのよ。女同士にはないエネルギーが、男と女には出てくる。男の人と一緒というのは何か違うわ。
T 女同士は、そのままの自分で会えちゃうでしょう。でも、男の人の場合は相手のテーマに入り込もうと出かけるわけだから、こっちもテーマを作らなくちゃと思っていく。足し算ではない。ものすごい掛け算の意識でいかないと。
K だんだん、いいと思える男性が少なくなるじゃないですか。
若い頃は、なんであんなに簡単に好きになれたのかしら。ちょっとよくても素敵!と思えた。今なんかじーっとみて、私やっぱりこの人とは暮らせないわ、一緒に食事にいったらお会計のときにもめて嫌いになるわ、と相手が見えちゃう。
T 難しくなりますよね。容姿だけでは関係が成り立たないから。
K 男友達と二人でいることはぜんぜん構わないんだけれど、今になると1対1はつらいわね。だからグループで2対2とか、3対3でいるほうが楽しい。
Y 気楽は気楽ですよね。
K 女性同士でもそうじゃないですか。1対lというのはエネルギーがいる。おばさんたちをみるとだいたい3人以上。2人だとやっぱりちゃんとエネルギーを使わないといけない。3人になると、それぞれ違うことをいっていてもOK。
M 3人以上になると「みんな」になるから。
K 昔男の人といると、男の人がご馳走するといういことがあったけれど、この頃はみんな収入がなくなってくるからワリカンじゃない。それって不思議といいのよ。
A 関係がイコールになってくる。そうすると、好き嫌いが消え失せて、男性というものも女性というものもなくなってくる。
K 男性にオスの意識があるときは、ご馳走するわね。
A ご馳走してもらう意味がなくなると、ワリカンになるんですよ。ありがとうと甘えたい気持ちがあればご馳走してもらうけれど、冗談じゃないわよ、という気持ちになってくるからね。借りを作りたくない。わー、ありがとう。でも今度は私だぜ、という気持ちね。
K 返すものがなくなったから、モノで返さなければ。相手にいろんなもので返したと思うのよ。ヘンな意味じゃなくて。
A 若さはないんだから、それは「枯れる」になっちゃうわけ。でも、枯れるからといって終わりではなくて、別物で、私はこれから始めるぞ、というのがどこかに何かがある。
K 年齢はわかっているんだけど、自分にその意識はないのよね。それが現実。
T だから還暦ですよ、古稀、喜寿ですよというのは、その人に意識を促すんじゃないかしら。
Y 私もやっぱり意識していますもの
T 同級生たちは、還暦とか古稀とか、そこでがっかりしたり安心したり、いろんな区切りに使っている。
「おとなの女」がどういうものか分からない男性が多い。「おいくつですか?」なんて聞く男は論外圏外!
K 男性は女性を年齢で決めちゃう。
このあいだパーティに行ったときに、「おいくつですか?」から始まってね。
別に私は歳をいってもかまわなかったんだけど、相手があんまり年齢を若く言ってくださったので「いえいえ、もっと上です」って。「じゃあいくつです?」と迫ってくる。なんか嫌じゃない?歳で付き合い方決められちゃうの。
M どんなに若く見えても、歳をいうともうそれに見えちゃう。あ、さようなら、なんてね。
A 以前名古屋に仕事でいったときに、相手に「ところで先生、おいくつですか?」と言われたのよ。
「失礼します」って帰ってきちゃった。私の歳が、この仕事に何の関係があるんだ?そのときはまだ40代でしたが。
こんなダサイおじさんと仕事をしたくない!まだ何の会話も始まってないのに「ところで先生、おいくつですか?」って。こんなやつと仕事できるか!
T 40代だからどうしてくれるわけ?50代だったら何?
A 情報交換の場でいろんな話題があるはずなのに、歳でまず決めてから始めるなんてね。相手はなんで私が帰ったのかわからなかったと思うわよ。
M フランソワーズサガンが日本にきた時に、対談相手の若手の小説家が「あなたは私の母と同い年です」といって、サガンは「大嫌い」といって帰っちゃったのよ。日本人て本当に歳をいいたがるでしょう。女優さんだって、新聞に誰それ〇歳と書かれる。関係ないじゃないですか。独特な文化ね。
A 人を判断するのにまず年齢から入る。その次にバックグランド。その人が早い段階からすごい能力を身につけて働いてきたというようなことはまったくとらえない。
だからそんな日本の男性に、おとなの女性として扱ってくれ、なんて無理よ。若い男性は女性を扱えるだろう、と思っているんだけど。
Y 思っているだけよ。
M おとなの女となると、おかあさんか、親戚のおばさんか、おばあちゃんか・・。
T おばさん以上の女の人の価値を考えることがないですよね。
K 昔は、映画を見て、若い男の子が人妻に恋をしたがったりしたものよねcわれわれ世代は映画の影響が多かったわよね。
M 精神年齢って、私達が30代のときって 50-60代になったらすごく成熟したおとなになるだろうと思っていたけれど、案外中身はそんなに変わらないじゃない?母の世代をみたって、こちゃこちゃ「なになに先生がね」なんていっていて、あんまり変わらない。
だから、男性だってそんなに急には成熟しないですよ。ジェントルマンの訓練をされないとね。しつけがないから、子供のまんまおとなになる。
“超生物”の活動” まだまだエネルギ—がある。やれば報われる時代を生きてきたから、動くこと探して楽しんでいます
M 私はリタイアしてまだ2年。その間、母の介護と関わっていたので、その後始末もあって・・。
これから、自分がよりよく生きるために母のことを参考にしながら後処理しているところなんです。死仕度なのか生仕度なのかわからないけれど、身の回りの整理とか時間の使いを考えています。
「断捨離」もして。今流行よ。整理するときの考え方なんです。
無駄なものは入らないように断ち、いらないものは捨て、どこかに回す。離はとらわれていたものから離れていく。
ヨガの思想らしいんですけどね。捨てる美学とかいろんなものがあるじゃないですか。そこからもう一歩派生していて、精神的なものなんですよ。そこまでなかなかできないけれど。何でもかんでも捨てろといわれても、それは私達はできないじゃないですか。
でも、精神的に今の自分にとって何がベストで、いるものか寄り分けていく。それは自分の座標軸を作ることだ、というようなことが書いてある。
M やっぱりそろそろ時間だって無限にあるわけじゃないから。今の自分の座標軸がどこにあって、人間関係だってどういうものが大切で、何がいらないのか、整理しなくちゃ。母の残したいろんなものを整理していく中で、そんなことを考えるわけです。
モノの整理だけじゃなくて、生き方とか時間の整理もしていかなくちゃな、なんて。
T 人間関係も変わってきますよね。また再生したり。
M そうですよね。よりよく生きるために整理しておかなければ。この間、エントランスの石畳の道を直したんですね。歩きにくかったものですから。
そうしたら急にいろんなことが動き出して。タッタカ、タッタカ、あるべきところに行くようになった。
入ってゆくためのスペースがないと、新しいものが入ってこないし。気が通るというのは、そういうことなんだと思って。
必ずしもいいことばかりじゃないかもしれないけれど、いろんなことがとにかく停滞しなくて動き出すということがあって。新しく男女交際でもいいんだけれど、何かが始まるためにも、贅肉を落とさないといけないと思って。
T 捨てるということは、新しいものが入ってくる準備ということね。
M そう。いろんな解釈があるから、これがベストだということではないけれど、そういう部分がある。新しい人間関係が欲しかったら、贅肉も落としておいたほうがいいかもしれない。そこまで贅肉を落とせとはいってないけれど。
インド哲学だと、世俗のものを捨てて林住期というのがあるけれど、そこは私達は生々しいから、新しいものが「来来(らいらい)」のために、今あるものを捨てる。死仕度だけど、よりよく生きるための仕度をしておけばいい。だけど、人間、枯れなきゃいけないこともあると思うんですよ。
周りの老々介護を見たり、母が入っていた老人ホームで手厚い介護でどんどん元気になっていく認知症の人たちを見ていると、長生きについても考えちゃいます。年寄りがいつまでも元気なのはおめでたいというけれど・・。だからめでたいうちに早く逝く。団塊世代たちは、いかに早く上手に死んで行くか、ということが最大の最後に残された責務。そのためには生きている期間の間は、よりよく生きなければいけないし、社会の迷惑にならないようにしなければいけない。いつまでもだらだら生きるよりも、目標設定したほうが、よりよく生きられるんじゃないかしら。
「リタイアメント」は仕事してきた年月へのご褒美。団塊の世代の男性たちも目覚めたみたい。
M アメリカ映画や「パパは何でも知っている」のテレビドラマでは、ハッピーリタイヤメントでそれからは楽しい自分の人生、というのがあった。私の父なんかも、ハッピーリタイヤメントを夢みていていました。 そういいながらも、私たちの雑誌で「これからは楽しむのよ」といっても、上の世代は貯め込んだり使わなかったり。これからやっと遊んでいた団塊の世代がハッピーリタイヤメントが楽しめるようになるかもしれない。
時間の使い方とか人づきあいとか違ってくるかもしれない。ただ、それで浮かれていていいのかという社会情勢があるので、年寄りが楽しく遊んでいると、そのうち反乱が起きて粛清されちゃうかもしれない。
T 周りにも団塊の世代がいっぱいいてハッピーリタイヤメントを楽しんでいるけれど、どういう展望があるんだろ。
例えば自転車に乗って楽しんでいる人がいるけれど、端でみていると「よかったね」で終わっちゃう。
M 夫は60歳からフルマラソンを始めたんです。どんどんアスリートの体になっていく。ピンピンコロリを目指しているらしいんですよ。
生きている以上はどんどん健康になって友達も増えるし。だからしょっちゅう若い人たちがきてワイワイやっているんです。夫は、自己責任だというんですよ。自分の体は自分で維持していかなけれ ばならないから、キープしていくため努力しなければいけない。自助努力が必要だからと。 自転車なんかも自分の体がアスリートになっているのがいいとか。
自分らしく生きるための道をいろいろ模索している。
みんなで一緒に社交をするとか、ダンスをするとか、日本はそこに文化がないから、みんながバラバラにやっている。 うちなんかは夫婦両方ともリタイアメントしているから、周りから「ひとりがずっと家にいると大変じゃないか」といわれる。 うちの夫は、「そういうときの円満の秘訣はそれぞれが全く違う趣味を持つことです。一緒にやろうと思うから、お互いに大変だし、時間帯を合わせようと思うからいざこざが起こるけれど、全然違うものにするとお互いに円満」と答えたんですって。一緒に暮らしているけれど、違う時間を持っている。それまではそれぞれ仕事を持っていたじゃないですか。
T この前お会いした男性は、「僕たちのことも考えてくださいよ」といって帰りました。
M その人、自分で努力しなくちゃ。
Y 男性も世代でだんだん変ってきているなと思う。バイクのツーリングなんかで仲間を作ったりしている。
同級生の彼だって、カラオケで「春日八郎を偲ぶ会」に入っていて、みせられたのは古賀記念館でやる春日八郎を歌う発表会。
これはうまくないと、出られないんですよ。僕はこれこれって。他にも何かやっているといっていたな。定年後にただ自分で好き、というだけでなくてちゃんと仲間を作るなりやるなりする時代になってきたのかなと思う。
M パーマカルチャー。オーストラリアから始まった自然回帰の循環型の農法なんですが、そういうものだと定年後の男の人たちがいっぱい入っている。
自然農法だけじゃなくて、思想とか、モノづくりとか、若いひとたちの教育とか。
あっちはシマフクロウを守る会とか、こっちは公園を守る会とか。けっこう広がっていますよ。多岐に渡ってきているわね。
A 趣味でやろうというものと、社会の役にたつことが両方ないと、バランスが悪いと思うんですよね。
M 社会貢献みたいな活動がけっこうありますよね。江戸東京建物園が近くにあるんですが、それぞれの気に入ったお家のところにボランティアがいて、家の由来とかお庭の手入れをする人とか、あっちもこっちもボランティアだらけ。
囲炉裏で火のおこし方を説明する人とか、みんなそれぞれボランティアでやってい るんだけどすごいですよ。勉強していて、とどまるところを知らない。
A そんなところがどんどん増えてきて、私いま時間があるから参加したいとか。お金を得る得ないにかわらず、社会とかかわって何かの役に立っているという満足。それと夢中になってカラオケをやって楽しむ、その両方が必要だという気がする。
Y そう。カラオケを楽しんでいる彼も、地域の市民モニターとか委員というのをやっていたわ。大体そういうことができる人って、あれもこれもやっている。
A バランスをとろうとするのよね。遊びだけじゃたぶん生きていかれない。
M 何か負荷をかけないと人間、がんばれないじゃないですか。その負荷が何かですよね。
A それをみんなバラバラにやっているじゃない。それを総合的に仕組んだら、相当なパワーになると思うのね。
遊びから始まったネットワークが「社会貢献」を考え始めた。昔取った杵柄が役立ったりしているみたい。
M 「超生物」というテーマでしたが、本来なら生殖機能がなくなると、女性の体ってホルモンも出なくなってどんどん死ぬようにできているじゃない。守るバリアがどんどんなくなっているし。自分が生産性をあげられないということは社会からお荷物になっていくわけでしょ。早く消滅しなければならない運命なんだけれど、そこをいるからには、もう社会貢献しかないと思うんですよ。
A 心の満足というかね。
M 自分が体を鍛えて社会の負担にならないこともひとつだし。それと一緒に、社会と何かつながっていく。これからの年代、ものすごく多くなるわけじゃないですか。このパワーはいろんな形で生かしていかないと。
A それを効果的に生かしていく仕組みを作らなければ、また迷惑になる。うるさい老人ばかり増えて。地域の担当がいて、地域のひとりひとりの能力をきちんと掌握して、得意分野がさらに輝くような状況を作らなければ、ただの年金を食いつぶす係みたいになる。そんな役目はちょっと…。
そのためには、誰がこれを見ていくの?ぶくぶく泡のように活動は出ているけれど、ぼちぼちよね。
Y 私もそう思います。区報をみていると、ボランティアというと子供の世話か、施設に行ってお手伝いぐらいしか出ていない。 それが得意な人がいるかもしれないけれど、ずっと仕事をしてきた男性にとって、それがいちばんぴったりとも思えない。 むしろ、人の持てる力をもっとうまく活用する、組織化する方法はないのかな。
A ここに30人の男性がいて、何かが起こったら必ず自分の得意な分野に手を出しますよ。私のコーラスのグループでは、終わると20人くらいでお蕎麦屋さんにいって食事をするんですよ。
会計係のAさんがお休みすると、必ず誰か代わりの人がびちっと決まるんですよ。ああ、そういうことなんだと思う。得意分野だから、ちゃっちゃとやっている。何か動きがないと、得意分野で能力を発揮する場がないじゃないですか。
この人の方が得意だな、と思う分野には他の人は手を出さない。そのかわり自分が得意な分野では、持ち味を出す。企業のようにどのくらい儲けを出してという負荷がない場では、みんな素のままの自分でちゃんと動ける。
T 50カラット会議なんかでも、あと5年経ったらみんなどうするんだろうと思う。
M 生きがいとか、何かの役に立っているというのがないと、人間はしぼんでしまう。
母なんかも父の介護をやっていた時は、足が痛くても頑張ってやっていたのが、父が亡くなってしまうと、シューッとゴム風船みたいにしぼんでしまうのね。人間は必ず何かのために生きている。誰かのために、という要素がすごくあると思う。自分自身のためでもあるけど。
T 誰かが手をあげて始める、というのはなかなか少ないものですよ。誰かがやっているところに、私もと参加することは多い。 だからボランティア団体とか趣味の会に入っていくのだろうけど、何かもの足りない。人が持っているものをただ利用するだけではなくもっと輝かせるのは難しい。
A そう、もっと輝かせる。この人しかないという能力、大したことなくていいのよ。でもこの人がここでは一番という役目が大事。 みんなの総合力が大きな力になって見えたら、さらに嬉しい。そういうことが日本では全然育っていないわね。
M 町内会からして、ちょうど過渡期にあって大変。
夫は仕事が財務だったから、それこそ会計。理不尽なことがいっぱいあって。
町内会を改革しようとした人に引きずり込まれて入ったのだけど、その人はけんかしていなくなっちゃった。
町内会はほんとに過渡期だから。昔からの価値観があって、団塊の世代とかその下の年代は、もうちょっと変えたいと思っている。せっかくだから、町内会をおとなの交流の場にしていかなければと思うんだけど、年代が上の方々は、町内会は神社とかお祭りのためにあると思っている。
M 上の世代が暗雲立ち込めているみたいでなくならないわけですよ。昔からの価値観で頑張っている。世の中を変えてゆくのは中々難しい。
A 変えられないところは、徐徐に時間が変えてくれる。時間はかかる。だけど、周りがブルブルッと動くと、こっちに響く可能性はある。
K リーダーシップをとる人がいないとね。私も、学校があるので区の仕事をやっていて、「奇想天外にぎわいフェスタ」というのがあってその実行委員。
結局、商店街の人も自分の利益ばかり言ってていると、全然まとまらない。
私が「個々の利益はともかく、これは何のためにやるのかしっかり目標をたててやりましょう」といってから、私のところにみんな言ってくるようになっちゃった。
みんな発言しない。自分の利益ばかりを言ってきた人ばかりだと、全然進まないんですよ。ちょっと発言しちゃったから大変なんだけど、リーダーシップをとる人が出てくれば、みんな何も考えてないから、動くわけですよね。個の利益じゃないんですよね。
M 瀬戸際だと思うんですよ。団塊世代からの老人パワーが、社会の大変なお荷物になるかならないか。世の中をものすごく左右する。
A 誰がお世話するか。私たちは、ビジョンだけを叫ぶわけよ。そうすると、企業をリタイアした優秀な企業戦士がいるわけ。
仕組みだけ作ったらあとはその人たちに任せる。あとはうまくいっているかどうかをチェックするだけ。みんなそれを与えられたときには、嬉々としてやるのよ。誰がどんなビジョンを持つの?ということが大きなテーマになりますね。日本人は辺境民族なんですよ。常に外から圧力があったときだけ、タタタッと動く。自分たちでリーダーシップをとるとか、自分たちでこうするんだという旗を掲げるのがものすごくヘタ。
政治家って、みんなそうじゃないですか。外圧に対してどうするか対応する。こうした辺境民族のDNAがあるから、どうするか。
A 海外の文化にどっぷり浸かりながら日本の文化も知っている人が立ち上げればいいのよ。
地域社会とか町内会は、いままでの習慣で夢が持てない。歴史がこうさせてきたという部分があるから、これをいじってどうにかしようというのはエライこと。違うところからポンともってくる方がいい。あなたは草取りがうまい、あなたは算数が得意、あなたは水汲み、これで全部スタッフが揃ったわよね、と仕組みをビジョンとして見せる。
K それはね、ビジョンを言って分かる人がいればいいのね。だけど、同じ景色が見えない人がいるのよ。
M そういう人が足をひっぱる。町内会の内輪もめはそれ。
A この人はインターナショナルな価値観を持っている。そうするとサプに3人つけなくちゃ。ひとりで背負って立とうとすると倒れちゃうから。
必ずバチンとサブをつける。この3人は同じビジョンを共有している、と。そしたらこの3人から伝えられる。それを一人でやろうとすると、からまわりし
て倒れちゃう。
K そうね、ひとりだけ全然違う景色をみていると、進まないものね。
M そのときには言わずに、影でごちょごちょ言って崩す、それが日本人のDNA,
まあ、せめて生活にかかわらない、利害に関係ない場所でかかわれるといいな。これからは余暇なんだから、時間を使うと
いうことで社会にかかわれるといい。
Y いったん引退して社会との関わりがなくなったかに見えた人でも、趣味の活動を始めるとだんだん社会と関わってくるようになってくるんだわね。
M 団体になると圧力団体になるのね。
A 自信がでてくるのね。このくらいのチームが集まるとこれだけのことができるんだと出てくると、この力をもっと有意義に使いたいなとなる。
T 仕事をしているときは、仕事が意義だったけれど、仕事を納めるようになってくると、私って何者?と思うようになってくる。
仕事は細々と続けるにしても、その他の私の中に残っている部分をどうしようかと考えます。
でも仕事が残っているために、そこにエ ネルギーをかけているのでめいつばいで、その他の部分で社会貢献なんてことはちょっとできない。
社会貢献は前提にあるとして、そこに参加する個人だとか個性だとかはどうすればよいか。若いときの「みてみて、これが私」という
のともちょっと違う気がする。
「あなた歳なのよ」といわれたときに、その歳って何だ?歳で何か諦めなければいけないことがありますか?というわけよ。
「歳よ、歳よ」といわれると、私は何を考えなければいけないのかしら。それなりに友達も新しく再生し、時間ができたから旅に出て新しいものも見られて楽しめて。ん?私はどこまで楽しんでいいのかしら、と思うわけですよ。枯れるってなに?素敵な枯れ方って?
M うちはふたりとも引退したんだけれど、この間娘が両親の職業欄に「ご隠届」と書いたの。
落語の世界じゃありまいし、ご隠居はないんじゃないのといったんですけど。ただ、「無職」とはいいたくなかったんだと思うんですよ。何もしてこなかった人も無職じゃないですか。そうじゃなくつて、ひとつのことをそれぞれ成し遂げて人が、自分たちの人生を楽しんでいるんだから、ご隠居だと海外ではそういうときには「リタイアメント」と書く。
A 「リタイアメント」って勲章よね。
M あと何年、完全に自由でいられるから、この間に何をしておこうと考えるわけですよ。両親をみていてそう思う。
それは役にも立ちたいけれど、まずは自分も楽しみたいじゃない。だから楽しむためには何をしたいか。
コミュニケーション下手な世の中はつまらない。つき合い上手になる気遣いとマナーを教えようかな。
K ある年齢になった人たちが、若者を教育する。お母さんは働いていたり、核家族化でおばあちゃんが一緒の暮らしていない。そこで教えるのが、われわれ。
M おばあちゃん子って割としっかりしているじゃないですか。団塊世代が一番子育てが下手だといわれている。
ティファニーのテーブルマナーみたいに、シンプルにお箸の上げ下ろしとか、障子 やドアの入りかた出かたとか、すれ違うときの片寄にするとか。生活塾を開くの。ハウスキーピングの先生がいうのには洋風の生活になってきたときに、昔からの伝統的な母から娘に伝えるものがわからなくなってしまった。
親から子供に直接だと子供が反発するから、それを教えてほしいというので、ハウスキーピングの教室を始めた人がいます。
K そう、普通のことを教えるのよね。お箸の持ち方から始まって、季節のお話。お正月とはね、というような。
M 普通のことがわからないのね。常識というものがないし。同じ教科書じゃないし。国定教科書じゃないんだから、習うことも違うし、歌だって文部省唱歌じゃない。お互いの共通項がなくなって共通項がなくなってきた頃から、日本は屋台骨がゆらいでいるわけですよ。常識なんてことをいわないし。
T お嫁さんがお姑さんにどう対応すればいいか、マナーを教える教室があるとか。
A ええ!?お嫁さんのお義母さんとしてそれをどう受け止めればいいのか。今度こっちが心配になってきちゃうわ。
T そうそう。いまはお姑さんの精神もないわけだから。
M 小さな頃の躾自体がないじゃないですか。身を美しくするという躾、道徳の時間もないし。基本的なことよね。
K ある人に誘われたのよ。若い男性たちにマナーを教える食事会を一緒にやってって。ナイフとフォークの使い方から、家の入り方から靴の脱ぎ方から、若い男の子に教えない?って。
A これまでの常識とまったく違うことが起こりそう。若い男性に教えるのって楽しくできそう。
T マナーができてないために、実際に困っていることがすごくあるのよね。初めてあった人に、どう話かけていいか分からないとかね。
M お友達が作れない。
A 若い男性におとなの女との付き合い方を教える。
K そもそも女の人との付き合い方が分かっていなんじゃない?女の人ってなにかも分かっていない!ちゃんと口説き方から教える。
M 男の人も女の人も、実際に接してなくてヴァーチャルの世界だけでやりとりしている時代だからね。大学の教授の友人がいっていたけど、
大学の研究室に大学生の男の子がきて「これある?これ」っていったらしいの。蛍光灯が切れたから新しい蛍光灯が欲しかったんだけれど、手で長い棒の形を作って「これある?これ」。 いらっしゃらなかった先生にメモを置きたかったときに「メモ用紙ありますか、メモ用紙」ってそれだけ。
何なの?とじゅんじゅんに聞いていってようやくわかった。不在の先生にメモを残したいのでメモ用紙をください、ということだったのね。それが大学院生よ、いやになっちゃう。
K それは、子供が喉が渇いたという前に、お母さんがさっとお水を出しちゃうからよ。
A 逆に気をきかせて出してほしいわよね。そのくらいにならなきゃね。女性が座っていたら、さっと飲み物を出す。
それでも、若い人に習慣がないだけで、回復の余地がないわけじゃないわよね。
M もっと小さいときに言われたことを素直に受け入れられるときに、マナー教育をしておかないとだめね。ある程度の年齢になってしまうと、なかなか難しくなるからね。
K それが普通のことなのよ、普通のこと。買ってきた花束を花瓶に生けておいてねと若い人にいったら、ゴムも外さずにさしてあった。普通のことを教えるというのは難しいですよね。
M 相手は何も知らないと思って教えるわけだから、本当は小さい内がいいですよ。ティファニーの「マナーブック」がベストセラーになったじゃないですか。だけど、マナープックは何がわからないかをリサーチしないとできない。
このくらいだろうという思っていても、もっと知らなかったり。マナーブックもあるけれど、それは自分でマナーが足りないと思っている人とか、急逮お見合いしなければいけないと思っているとか、マナーが必要だという意識がある人が読むわけね。
いま日本には“常識”というものがないわけですよ。共通言語がない。共通の音楽だってない。まず常識を作らなければ。
K まともな日本にするために、これは私達がやっていかなければ。
A 私が得意なのは、「私、のどが渇いたの」と男性をじっと見る。そうすると、彼は自分が何をしなければいけないか考える。
そのかわりに、私たちはチャーミングにしていないといけない。やってあげたいと思わせなくちゃ。そこからお勉強が始まるの。「だめじゃないの、椅子をひくのよ」とね。いま何がテーマなのか、課題意識がなければね。はい、あなたお勉強よ!そして次にやったらゲンコツが飛ぶとかね。
M 男の子も女の子も同じですよ。バーベキューするときに、お肉を一生懸命お水で洗ってザルに並べている時代ですもの。 50カラット会議発 「常識の本」を作りましょう!
A 女の子を教育するほうがいいか、男の子をジェントルマンにするほうがいいか。 どっちかだったら、どっちが効果的かな。
Y この頃の男の子は、女の子のハンドバッグを持ってやっているんですよね。そういうのを見ると、いかがなものかと思う。
K いまはいい見本がないから、どんどん悪い方に影響されているけれど、いい方の見本を作る。若くてマナーがよくて素敵なカップルがいれば、そうなりたいと思う。そういう風に持っていかないといけない。
M ゆうちゃん(斉藤祐樹)にしても石川遼にしても、きちんとしてしゃべることですごい人気があるわけでしょう。ということは、いかにみんなしゃべれないかということね。
K 昔の王侯貴族のマナーというわけではなくて、思いやりよね。気づき。老人が電車の中で立っていたら席をゆずるというのは、気持ちじゃないですか。
A まず気づかないし。そこに神経を注ぐという習慣もないし、意味もないあまりにもぞんざいにしている社会がある。
けれどたまにいますよね、電車の中でさっと青年が席をたって「どうぞお座りください」なんて言ったら、そこの周り全部がいい気分になるなんてことありますよね。
Y 若い人は、いうと「すみません」と素直にやったりするんですよ。
M 知らないだけなのね。
Y 高校生の男の子たちが道をふさいで歩いていると、私はよくいうの。「はいはい、道は開けて」。なんて声をかけるのだけれど意外と素直ですよ。けっこうスミマセンとよけてくれるわよ。
A 男の子に教えたほうが面白いというのはねwin winの形をとらなきゃいけないから。かっこいい男性からエネルギーをもらって、そして教えるのも楽しい。
K 女の子にはおじさんが教えればいいの。私達は男の子に教える。同性にいわれるより、異性に言われたほうがいいかもしれない。
Y マナーといよりはモテ術みたいなことを匂わせてね。友達が、ある年代になったら私達はいじわるばあさんにならなければならないんじゃない?というの。社会にモノをいう役目になるということもあるかな。
A いじわるばあさんではなくて、カッコいいばあさんになれる。先日、私が犬を連れて散歩していたとき 自転車で走っていた40代くらいの男性が
「リードが長すぎますよ」と声をかけて通りすぎたの。
「ありがとうございます」いっちゃったの。誰もいないときは、飼い主と犬のリードが長いほうがいい。でも、その人が自転車で通り過ぎるときには、リードは短いほうがよかったわけよ。このくらいはいいだろう、と思ってしまうけれど、迷惑した人はいたんだろうなと思って。
それをいわれたときに、きょうはすごく素敵なことをいってもらったという気持ちになれるわけよね。いうタイミングと場所、いう人の心持ちね。
それがパシーンとあったわけよ。
T 声のかけ方って大事ですよね。ついおばさんは怒ってしまう。そんないい方では、誰もいうことを聞かないのよね。
Y 私も電車の中で、うまいいい方がないかなとジレジレと考えているうちに駅に着いちゃったりしています。ユーモアを交えながら、うまく注意できたらいいなと思って。
昨日の新聞に、電車の中で制服から私服に着替えてしまった女の子の話が載っていたけれど、女の子の側からすると「だって、下着を見せたわけじゃないし」という論理が成り立つのね。でも見ている人は唖然ですよね。それで実害があるかというとなかなか実害はいいにくい。
こういう人にどう注意したら、本人もなるほどと思い、周りの人もうまい、うまい、と心の中で拍手してくれる言い方はないかな、と考えていたの。
なかなか上手い言い方が出てこないんですけどね。なんと言ったらいいかしら、といつも考えている。
A ウィットにとんだいい方をした人には、素晴らしい!と拍手しちゃうわ。
Y 実害がないというのがいちばん困る。注意しようにもね。
M やらないのが常識というものなのよね。文化なのね。それがなくなっているから「なんで?」となる。
常識でしょう、といっても「何それ」と言われてね。
A 社会と自分の境がなくなっている。家のお風呂場も、電車の中も、道端も、何もかもが一緒になってしまった。
Y 社会を意識していないということね。
M 学校がそうでしょう。先生が入ってきてもおしゃべりしているし、立っているし、ケイタイしているし。学校のスタートからそうだから。
親も学校もしつけをしなさすぎた。自由という放任だから。
石川遼が小学生のときに、自分の思ったことを表現できるようにさせようと、お父さんが、本の感想文を書かせていたんですね。それは、コミュニケーション能力がなければきちんとしたことができないから。マナーのことも厳しくいわれたらしい。
それは、ゴルフをやるために一生懸命にやり、お父さんが紳士を育てようと一生懸命教育したらしい。けっこう素直に、お父さんを尊敬しつつやるわけですよね。
K 家庭よね。学校も教育するけれど、やっばり家庭ね。ところが今はもう家庭が見えない。みんな働いている親が多いし、お母さんから何を教わってきたの?というのが見えない。
M うちの子がお年寄りと話すのが苦にならないのは、けっこう親とおしゃべりするから語彙とかボキャプラリーとか話題とかが、ついていけるからよかったと思うなんて言われる。親と話す時間がないとだめね。それは母親が忙しかろうと何だろうと、子供と話す時間がないとね。
K 結局、親が問題よね。何かいうと親が出てきてね。私達よりも下の年代が親になっているのよ。もう教育を何とかしないと、日本はだめになるの。その話につきる。次の世代をしっかり作っておかないと、この国、だめよ。それには、おばさんパワー、おばあさんパワーをしつかりサポートする。ママができないことを周りがしっかりサポートする。
A サポート体制は、システムにならないと長続きしない。
M ババ塾を作るとか。超生物の「ババ塾」。時代も求めているのよ「トイレの神様」があんなにブームになるのも、みんな求めているからよね。
T 団塊の世代は、価値観が揺れるから、これが常識よ、と強くいえない。実害がないといわれると、ついひるんでしまう。ここを強くしていかないとね。
M そう。団塊の世代が一番了育てがヘタだといわれるの。自分のことを振り返っても、失敗したという人がいっぱいいるもの。 確固とした信念が、その上の世代と比べてないのよね。
A 団塊の世代は、戦後の大きな価値観の変化でもって、価値観がゼロになったところで育ったからね。
M その信念がない団塊世代が、確固とした自助努力もなしに歳をとっていくのも、これまた恐ろしい。
H 早くお墓に張ってもらわなくちゃ、ゴミと化してしまう。世の中の役に立ちません。
M 意識のない、揺らいだままの、自助努力もしない団塊の世代がこんなにできてしまう。
T 病院の施設なんかでも、団塊の世代が病気になったらとても面倒みきれないといっている。わがまますぎて。
M 経済力を持っているときは、数は力だけれど、経済力がなくなったときはゴミのカになると大変…土石流。
だから、本当は早くスムーズに新陳代謝をはかってやらないといけないのよ。ババ塾では、迷ったままでは教えられないわけだから。もうちょっと上の年代の知恵も借り、ババ補佐でいく。
A 団塊の世代云々ではなくて、ババっていいところ、ふんわりとゆとりがあるのよ。そこに価値があるんじゃないかな。
T ババには聞く耳ができてくる。ばちんと頭ごなしにいうのではなくて、何かにくるんでいう、そういう余裕があるんでしょうね。
M 母が庭になった果実でジャムを作っていたんですが、子供たちもそれをふんわり感じていたんでしょうね。亡くなるときに、孫たちが「おばあちゃん、ジャムをありがとう!」って。みんなジャムかあと思いましたが。あっちもこっちも「ジャム、ありがとう」つて。
K 大人数で食事をするとか、そういうチャンスがない子供たちが多い。食べる場がしつけの場として機能していたのにね。犬や猫と同じよね。
A 一緒に囲むちゃぶ台での会話。おじさんもおばさんもいたから、毎食学ぶことはすごかったと思いますね。
どれほど多くの刺激を受けたかわからないです。祖父なんかでんと座っていて、ああでもない、こうでもないといって。宝物ですよね、あの時間。
M クッキングコミュニケーションといっていたんですけど、食べるときにいろんなコミュニケーションがいちばん切実にある。
でも、いまは核家族だからそうもいかない事情もあるし。だからやっぱりババ塾。夏休みのサマースクールのババ塾。
A 夏休みに徹底的に「ババ塾」をするのもいいわね。
「エンディングノート」
病気になったり死んだりするとき.不本意に扱われたくないし残されたものの処分で困らせたくないから書いておきたい。書きながら自分を振り返れるし。
M 目標設定のリストって、やっぱり必要だと思うんですよ。
自分でファイルを作っているんです。今までどうやって歩んできたか整理して。
そうすると、ああこういう人生を歩んできた。これはこれで自分としては満足だな、と思 うわけ。そうすると今後が考えられます。
私、人生設計をずっとたててきた人。キ ャリアプランというほどではないけれど、わりと計画を立てるのが好き。両親も計画通りの人生で、何歳でどうなるとか何歳で死ぬか、きっちりその通り。だから、人生を願っていればなる、というような。
K 私はダメだわ。
Y 私もダメ。
T 何をすべきかとか死にかたとか、そこすらあやふや。せめて1週間後とか、ひと月単位のスケジュールなの。ひと月のうちに1回くらいは何をするかなとか、そのためには汚くなっちゃいけないとか、あとは機嫌よく仕事をしようとか。その程度なのよ。 だから死にじたくなんかやりようがないというか。意識の問題なんですけどね。
M 私だって、ケセラセラなんですけどね。
母が年金証書とか必要なものはきちんとファイルにしてあったわけですよ。亡くなったあとの葬儀社の契約のこととか、何を着るとかきちんと決めていたんです。それを見ていて納得して。
基本的なことは大したことはないんです。たくさんやらなくていいんです。私が死んだあと、何の保険に入っていたの、暗証番号は何なのとかわからなくしないためなの。ささいなことだけど、ある程度のことを決めておく。これは処分してもいい。今は捨てられないけれど、亡くなったらこの本棚は全部捨てていいとか。決めておくと「余裕のよっちゃん」じゃないですか。
T エンディングノートを考えて売ろうとしている人のことを読んで、必要かもしれないと思った。
A 私、「エンディングノート」をつけている。
いま私が介護している親戚の女性に書いてもらっているの。彼女に私が「エンディングノート」を用意したんですよ。
友人が作った「エンディングノート」、それはそれはよくできているの。やっぱり自分で決めかねることってありますよね。例えば、葬儀をどうしたいとか。その女性なんて、焼き場でそのまま処理してもらいたい、というくらい鬱鬱とした思いがあったの。
「エンディングノート」はどうしてもらう、こうしてもらう、という項目がいろいろあって、自分が思うところに✓点を書くのだけど、彼女は焼き場で処理してもらう、という項目をすぐ選んだの。だけど、会話の中でイメージしながら、どういう葬儀をして誰を呼んで、とやっているうちにゆとりがでてきたのね。「エンディングノート」を書きこんでいるうちに、気持ちにゆとりができてくるのね。
M 「エンディングノート」つて、無理な延命はしない、とか書き込むのでしょう?
A それもあるけれど、まずは自分のことを書くのね。誰それと誰それの子供で、といわゆる家系を書いて。おとうさんとおかあさんと兄弟のこと、本籍地、お墓の場所とか。財産はどうするとか、誰にすべて委託してありますとか。財産のことを書くけれど、そのノートは本人が持っていればいい。
T 自分がものをいえなくなったときに、誰かがそれで判断するわけですか?
A それにもなるし、自分が確認することにもなる。自分が終わりまでいくための整理の本というかメモ。誰に死亡を通知するとか、どういう葬儀をしたいかとか。誰それを呼びたいとか、お骨はどうするとか、そういうことがすごくシンプルに書いているわけ。
死ぬときのことも、死んだあとのことも、全部書く。
M ライフノートみたいなものよ。一生のことを振り返って総括して、後に残された人のことはどうしてほしい、みたいな。
A そのノートをつけ始めると、食卓の話題が葬儀の話が平気になるわけ。おかしいわよねえ本人を目の前にして「どうしたいわけ?」となる。
M うちなんか葬儀の話は平気でしたよ。
A 骨壷はこうしたいということも平気で、こういう会話ができるようになるのよ。
その親戚の女性は、もう痴呆も進んで介護施設に入らなければならない状態。一人暮らしで悲惨な状態なの。心にぽっかり穴があいていたところを、私がその人の面側をみることになった。でも私は直系の後継者じゃない。
だから私がかかわる場合は、何から何まで公明正大に、みんなが見ても理解できる状態にしておかなければならない役目だったから、エンディングノートをすぐ頼みました。1ページずつ彼女に書いてもらって。これは後にする、この考え方はこうこう、といいながら。
そういう状態だから、一度にたくさんはできないから、きょうはここまでとやめなければいけないの。
何気なく食卓の話題に出しながら、「この前こういったけれど、今はどう思うの?」と確認に確認を重ねながら進めている「エンディングノート」って、すごいパワーだなと思って。自分でも「エンディングノート」を書く価値があると思いますよ自分の最後のミッションよね。
これから生きるミッションをつくることもだけれど、その先には亡くなるミッションを作らなければいけない。安心して生きるためのまとめなの。
M よりよく生きるためのものなの。だからよりよく生きるための死仕度をしておかないと・・。 私なんか、性格的なものがあるんでしょうけど、勤め人だったから定年までに何をするとかあった。
定年はひとつの区切りだから。まあ、生きてもせいぜい20年。それ以上は生きたくないなぁと思うことがあるじゃない。
20年は、長いようで短いし、漫然とすごしていられない。家をいじるにしても、あと10年保つようにすればいいか、20年もつようにするか違ってくるしね。あまり堅固にしちゃうと、財産分与のときに大変じゃないかとか。そんなことまで夫婦で話し合ったりしながら毎日楽しく生きているの。
A テーマがここにひとつあると、すごく自由に会話が勧められる。こんなものがなかったら、あとの話になっちゃうのよね。
K 聞けないわよね、お骨はどうするとか。
A 「エンディングノート」は、基本は自分で書くんですよ。すべては「私は」から始まるの。最後まで「私は」しかないの。
82歳の親戚の女性は、「私は」という発想をしたことがない人なの。「私は」の発想にもっていくのが大変なの。全部、人ごとなんですよ。
よくこれで生きてきたな、と思うほど。だからそれを「一人称ですべて話してちょうだい」つて叫ばなければいけない。それは他人がいっていることでしょう。あなたはどう思っているの?」と口を開けたら「あなたはどうしたいの?」「あなたはどうなの」そればっかり言っています。
そのノートは、1ページめから「私は」が特に大きく書いているの。それはそれは、その心理状態の奥の奥まで考えて作ってあるの。その「エンディングノート」は、私がいっている霊南坂教会の木村恵子さんという方が考えたものなの。自分の母親が60代のまだ若いときに、「恵子、ここに私のすべてが書いてあるから」とノートを1冊残したんだと。ところが、お母さまがあっという間になくなってしまったんだって。
母がそんなことをいっていたな、と思ってみたら、すべてが書いてあったんだって。残された私達が、すべて母の思い通りにできたから、これをみなさんにもお勧めしたいということが最初に書いてあるのね。 1200円で売られています。
Y 「エンディングノート」つていろいろなところから出しているのね。アメリカとかオーストラリアから売り込みで、翻訳して出版したいというので2回くらいお会いしている。
T それこそ日本人の死生観というか、生活スタイルというのがあるから。
M それに、昔は年寄りが少なかったから、みんなで寄ってたかってお葬式をしてくれた。「私は」なんていってなくてもやって くれたけれど、いまは自助努力をしないと、やってくれないじゃないですか。
A 死ぬまで元気で安心して生きるためには、「私は」で納めなければいけない。
M 人さまに廿えていられないのね。自分で決めないといけないのだから、けっこうきつい話でもある。
Y これからはそういう時代ね。増えてきますよね、兄弟もいないしという場合とか。昔のように、割合家族が多いと何とかなる。だけど、霊南坂教会の木村恵子さんのおかあさまのように、高峰秀子さんのように、昔から自分の始末をきちっとなさった方もいらっしゃるけれど、それはほんとうに一部のインテリ。あとの人は、お葬式なんかどうでもいい。私なんかもそのくち。
K 「エンディングノート」、そういうものがあるとすごくいいですよね。
父のときに思いましたもの。どうしたらいいのかな、と。病院に入ったときに、どこからどこまで延命するか、ひとこと書いてくれたらよかった。病院のことからお葬式のことからね。母はもう歳だから、家でひっそりやりましょうといったけど、それでよかったのかしら。父にもお友達はいたわけだし、もっとちゃんとやってあげなければいけなかったんじゃないかしら、とか。母の気持ちと父の気持ちは違うじゃないですか。だからその人の望むようにちゃんと残しておくことは大事。
M 自分の人生をまっとうするときに、大切なことだと思いますよね。
Y 話を聞いていてすごい、と思うのは、自分の立っている位置が、すっくすっくと決まってるようね。私なんかもすごく揺れるなのね。どんどん人生の中で変わっていくから、私はそんなことないなあとお話を伺っていて思う。
M そんな大したものじゃないわよ。
Y だって少なくとも夫と死ぬまで一緒、というのは決めていらっしゃるでしょ?そこからして私は迷う。どうかわからない。
そしたら、家のこととかも全部違っちゃうじゃないですか。夫との結婚をやめたら、日本にいるかどうかもわからないし。そういうことを考えていくと、いまはこの状態だけれど。
A この先2年くらいは見えるけれど、その先はどうなるか分からない・・。私の人生もそうですよ。2年くらいはこのへんかなと思うけれども、その先どういう世界が広がるかわからないから。
M そんなたいそうなことを考えているわけじゃなくて、最後のところだけ。
Y そんなたいそうなことを考えているわけじゃなくて、最後のところだけ。
「エンディングノ—卜」は自分の生き方宣言でしょ。書こうかな。
A 「エンディングノート」は、私も書いてみようかな。お勧めです。真剣にそのことを考えさせてくれる。
Y 自分の生き方を考える手段ですよね。
M だから本当によりよく生きるための「エンディングノート」。
T それをやってみて、ここは抑えておかなければいけないということはありましたか?
A 治療ね。胃ろうとかね。本当に痛くなって病院に入って、この先 どうのこうのとなったらどうなるか分からないでも、自分の意思はどうしたいのかな、ということをきちっと書いておく。変えない限り、私の意思はずっと通っていくわけでしょう。そうすると、周りの人が苦しまなくて済む。
M 母が救急車で運ばれるときに、救急車の人に確認されたんです。「ご本人の意思はどうなんですか?」とかねてから本人が書いているし、言っても
いるから「無理な延命はしてほしくない。家族もそうです」といったら、そういうことを受け入れてくれる病院に行かないとって。いったん人工呼吸器をつけちゃったら外せないんです。殺人になってしまうから。だから、そういうことを受け入れてくれる病院に行かなくてはいけないから、と意思確認させられましたよ。おばのところはいきなりそれをやられちゃったから。おばはそんなことはしたくなかったんだけれど、胃ろうはやるし、いろんなところに管がついちゃう。それだけはいやだからって。それは大事なこと。今は機械的に延命措置をされちゃう。
M 人工呼吸器はダメだけれど、胃ろうはとれるんですよ。また、自分で食べられるようになるとか。
T 回復の兆しが現れたら胃ろうをとる、ということらしいですよ。そういう状態まで回復したらということ。
M 価値観でね、そうまでして生きたいか、生きる価値があるか。
K それは本人の意思よね。
Y 年齢にもよると思う。また口から食べられるようになる若い年代ならいいけれど、うちの母なんて90代だから、胃ろうなんてそんな必要はありませんと思うし。
A あとは本人の意思がある限り、それはおき換えられるわけよ。だから意思がなくなった時は家族が意志を貫いてあげる。
K 結局それなのよ。まだ先のこと、と思っちゃうから。
M でも私、先のことだとはとても思えないわ。いつくるかわからないもの。
K 明日死ぬかもしれないけれど、何が起こるかわからないけれども、そう思いながらもまだ先のことだと思うのが人間だと思う。
Y それで本当に書かなければいけないときには、そのエネルギーがなくなっている。だからこの本を1冊書いておく。これはある種の自分との格闘だから。
A だから、私がひとつひとつ読んで答えてくださいといって読み始めたんだけれど、私のほうが胸がつまっちゃって。
Y そうでしょ。すごくエネルギーがいると思うのよ。
A まずじやあ、読んであげるわ、と3行読んだろうっときてしまって。
でもそれに入ってしまえばもう作業だから。こういうときはどうするかしらね、ああいうときはどうするかしらね、という会話の中で。本当に、食卓の話題が葬儀のときに、誰 はきてほしくない、死亡通知を出してほしくない人とかね。
人生の中でこれは、と忘れられない出来事を書くところがあるわけなのよそうするとその人の鬱積していた中身がふわんと出てくるの。
自分で誰にも見せたくなかったら見せないようにすればいいから。
彼女は、もういいわ、私はこういうことだったのって話を始めてね。
M 私なんかの場合はもっと気軽にね。住所録で連絡するところだけは丸をつけておいてね、とか。どういう風にする?とか何を着る?とか。
あんまり深刻にならない。真剣に思いつめているわけではないけれど、心配だったりするじゃないですか。夫なんかもマラソンで走っていて、突然倒れられたらわからないから。だから「書いておいてね」っていう。
K 私も母にいってます。どこに貯金通帳があるのか、どこに印鑑があるか、私はわからないからねって。
A 1冊あるとこれですべて網羅していることだから安心するのよ。
M 自分も面倒くさくないんですよ。
A よくここまでシンプルになる!多くもない、少なくもない。
K それが1200円で買えるの?
A 私も買いたい。エンディングノートはいっぱいあるんだけれど、使った方のお勧めだといいわね。
A 木村恵十さんのエンディングノートは去年の12月に出版されたの。間に会った、という感じ。
書くにあたって、心の中に無理がない進め方なのよ。簡単なこと、それを自然に考えて書く。いま書けなかったらあとでもいいです、とかね。これを書いて、また変えたくなったら線を引いて書いてもいいです、とかね、やさしく書いてある。
Y 私達の年代って健康診断でひっかかって再検査とかあるじゃないですか。その時に「はい」つてエンディングノートを渡すのもいかがなものかな、と思って。
A 大したことがなかったときにちゃんと書いてもらう。タイミングって、大変よ。
M 夫婦がふたりで書くのよ。うちもふたりで書くもの。うちは夫の方がきちんとした性格なの。私がくちゃぐちゃしているので、整理しようと思って「断捨離」しようと思って。
A 今日学んだこと、「断捨離」ね。すぐ実行だわ。
T 「エンディングノート」を書くのって、何かきっかけがあったほうがいいじゃない。還暦になったとか、結婚記念日だとか。
K お互いのために自分の「エンディングノート」を書く。あなたのために書くわって。
M そうよ、残された者のために書くんですもの。
A とうとう、50カラット会議も「エンディングノート」のことを話すようになったわね。
M 今回は“超生物”というテーマだものね。超生物になったから楽になった点もあるに無理をして石にしがみついても生きなくてもいい、みたいな。
A 私は今回のこの作業をして、ますます延命はしたくないという気持ちが強くなった気がしますね。
ー 終わり ー