50カラット会議

58号 隣り合わせに自然が欲しい!

2006年8月 発行所 「50カラット会議」

50カラット会議レポート 

58号

隣り合わせに自然が欲しい!

 

「地下鉄でも天井が低くて通路が狭い大江戸線には乗りたくない。人との距離や密度に耐えられなくなってきたのね」
「子ども時代は、東京にも自然を取り入れた生活があったけれど、いまは窓も締めきり。開ければ隣のエアコンから熱風だものね」
「仕事の緊張感、遊びへの刺激、芸術文化イベントもいつばい・・・。交感神経高ぶる東京は嫌いじゃないけれど、週末は時間を忘れる場所が必要になりました」などなど。
猛烈ダッシュの仕事生活を楽しんできた人たちも、さすがに50代半ばの現在、「自然」のリズムと健やかさを取り入れるのに懸命です。
求めるのは「やさしい自然」。季節ごとに変化する海山の陽光と風、地元の魚や農産物を楽しみ、週末の手入れで育つ野菜の収穫を喜びます。それに、「不便ではない」も重要なポイント。何故なら都会生活とすっかり断ち切って暮らすことは中々できません。思い立ったら行ける距離、暖炉にくべるのは薪でもご飯は炊飯器。サバイバルするつもりはありません。

蛇の道はヘビに聞くシリーズ58

当たり前だった自然がない!

地方出身者にとっても、都会っ子にとっても、生まれ育った所には懐かしい自然の風景がありました。
そんな原風景を胸に、都心を離れたり別荘を構えたりした4人の方々と、50代からの自然への寄り添い方を話し合いました。
イタリア食文化研究家の北村光世さんのお宅に、画家の宮迫千鶴さん、管理栄養士の竹内冨貴子さん、デザイナーの井上陽子さんとお邪魔しました。
体内時計以上の速さで動く仕事生活、工業化が進みすぎた暮らしの息苦しさを受け止める自然が少ない都会ですが、再生の道も探りたくなった3時間でした。

 

目次

1. 子供時代の東京には、原っばがあった。動物が庭で飼えた。
2. 求める自然のイメージは、 「ゆっくり、やさしい、美しい」。
3. 自然の中での喜らしは、新しい人間関係を育ててくれる。
4. 自然の中の食生活は、地元直結。風土の恵みを噛みしめて、土地への愛が身についてくる。
5. けれとやっばり、都会が好き。自然再生の道も探りたい。

1. 子供時代の東京には、原っぱがあった。動物が庭で飼えた

                                                                 体内時計のリズム以上の速さで動いている都会では、交感神経全開の緊張感が求められる。                              刺々しくなる人の間でとことん頑張ろうと思いません

●都会の生活は誰かのスケジュールで動かされて大忙し                                                         夜中でもファクシミリが入る、パソコンにメールが届く。夜型生活者は相手のペースを無視して「明日の朝までによろしく」。ストレスは大きい

●生活環境は工業化が進みすぎ息苦しい                                                    必要以上の対機能製品に不便さえ感じることが多い。完璧主義の開発は技術先行で自然の風合いまで抹消されることがある

●都会の家屋は閉鎖型。外気から隔離しないと、健康も安全も守れない                                      窓を開けて光と風を入れられる暮らしは贅沢になった。狭いベランダに干す洗濯物でせっかくの南側は目隠し状態。全天候型住宅は寂しい

求めているのは、当たり前の自然です

都会っ子も地方出身者も、懐かしい原風景は、肌で感じた普段の自然です。 鶏を飼い、犬が走る草花いっぱいの裏庭。前に海、背に山の田舎道。ほどよく人に出会う街中。日の出日の入り、露をおいた緑と澄んだ空気。庭先に広がる縁側でのおやつや花火のひととき・・・。
都会のリズムに疲れた頭によぎる風景です。しかし、地方出身者にとって、都会は「文化」。田舎の風景を捨てて「文化」への憧れを追って暮らしてきた場所です。
また、根から都会っ子だった人たちは、子供時代の原っぱと林間学校で味わった手足の感覚が、親しい自然の範囲です。                                                               「別荘地には、そうした人たちが移住してくる。自然の匂いをかぎながら、都会のセンスを活かせる暮らしが可能だからかな」。定年後の住まいを東京から2時間圏内の別荘地に求める傾向ば、このところ急増中とのことでした。
都会人に自然だけの生活は退屈なもの。その土地で自分の文化を育てたり、根づかせるつもりがなければ、移住より週末生活がほどほどです。

求める自然の原風景

□東京っ子ながら、東京がつらくなってきた。
「板橋で生まれ育ちましたが、その頃は家のまわりに原っぱがありました。土いじりが好きだったという記憶もないけれど、緑に囲まれて遊びましたね。
デザイナーという仕事についてからは仕事柄都心暮らしですが、住まいは大きな欅の木がある坂の上ですし、交通も便利です。飲みに行くにも遊びに行くにも便利が一番で東京から離れたいとまでは思いません。
でも夫が50代になったとき、これからどうする?と話し合って、勝沼のブドウ畑の跡地にギャラリー付きの別荘つくりました。勝沼と行き来するうちにテンポが変わったのか、歳のせいなのか、東京の人の多さや若い人たちがいっぱいというのが嫌になりましたね。別に自分が優しい人間だというのではないけれど、東京の中はトゲトゲしい人が増えたと思う。勝沼のほどよい人間関係にほっとしているからでしょうか」。

□キレイな空気がないと、生きていけない!
「野菜が美味しい京都の畑の中で育ちましたから、子供の頃は草を摘んで首飾りを作ったり、麦の穂をつまんで噛んでチューインガムだなんて遊んでいました。ですから東京での生活で夫と子供が排気ガスの汚い空気に咳が止まらなくなった時、これはダメだと、通勤圏内で自然があるところと探して引っ越したのが鎌倉でした。キレイな空気は生きるために必要です。
それでも、生活にストレスは多いし、林が多かった近隣も開発が進んで、自然の中で心身を回復させようとなると、イタリアの家に行きます。イタリアの法律が変わらない限り風景は変わらないはずのパルマに、大きな菩提樹の木が茂る広い庭と古い石の家を買いました。石文化のヨーロッパは、日本の田舎のように古いものを壊して開発するなんてことはないから、風景も空気も変わらないと思う」。

□文化の中心に行こう!と出てきた東京だったけれど・・。
「大学時代までは広島でしたが、70年代のことですから、広島には教師以外になかった。職業と文化を求めて出てきたんです。でも、住む場所は緑がある所を選んでいましたね。庭木が茂る大きな家の近所にアパートを見つけたりしました。でも広いアトリエが欲しいと思った時は折りしもバブル期。見つけた土地は伊豆高原。育った呉の風景は、背中に山、前は海でしたから、共通点に惹かれたのでしょうね。 島々が点々とする瀬戸内海が海の原点ですから、島が見える海を求めていたのかな。島影のない房総ではなく、伊豆七島が点々と望めることが決め手になりました。伊豆高原ってね、どんどん地方出身者が士地を買って家を作っています。大都市を経由して、定年後は故郷を思い浮かべながら自然のある別荘地を選ぶようです。
田舎に戻りたいとば思わないし、別荘地はほどほどに都会でもあるわけですから、いいとこどりして生きていける魅力があるのだと思います」

2.求める自然のイメージは、「ゆっくり、やさしい、美しい」

欧米人の友人からは「日本の別荘生活は便利すぎ」といわれている。かれらの田舎暮らしはとことん自然と向き合うが、私たちは自然と戦おうとは思いません

●汚いはいや                                                                  クモ、蛾、虫、ヘビの出没には「向こうが先住」と思うことにする。クモは益虫だから殺さないけれど、家を汚くするから閉口しています。

●「不便」は困る                                                              行ったらすぐ暖かかくなる家でないときつい。行ってすぐ掃除するのはつまらない。別荘地なら最低限の便利が揃っているから大丈夫

●「厳しい」はダメ                                                             時給自足なんてとんでもない。体力の必要な北国や雪国には行けない。サバイバル生活したいわけじゃないから、荒々しい自然はお断り。

50年前、庭先にあった自然はいま別荘地にあります

穏やかな山と海と畑の風景が目の前に広がっている、ただそれだけで嬉しい。
草の匂い、降り注ぐ陽光と吹き抜ける風を感じて深呼吸する幸せがあります。ワイルドすぎると手に負えないが、木々は季節に敏感な落葉樹がいい・・・。
「東京から帰って、駅に降り立つと、そこの空気にふわっと幸せ感につつまれるんです」 といいますしこれが、求める自然です。そこが別荘地であろうと、田舎であろうと、都会人が求めていく自然は、静かな幸せな時間だけのためにあるようです。
「その土地の人になろうとば思いません」
「そこに移住しても、自然だけじゃすぐ飽きると思います。別荘地なら新しい住人も多いし、自分の文化を広めていく暮らしも出来ると思う。その土地と住み方を楽しむつもりで暮らさないとね。いいとこどりで楽しみに行くのですから」
「完全に自然の中に引っ込んじゃうと、どんどん自分にかまわなくなりそう。まだ自分に緊張感を保つ都会の生活は捨てられません」とのこと。
庭先にあった自然は、この50年で都心から150 km離れてしまいました。

別荘地生活

□胃炎もストレスも消えちゃいました!
「特に求めたわけではないけれど、思いのほか忙しい生活が続いて神経性の胃炎に悩まされていましfこ結婚してからは、休暇毎に海外に遊びに行くようにしていたけれど、成田で具合が悪くなるとか、飛行機の中や行った先のホテルで熱が出るとかしてこりやダメだってことになったの。その頃からゴルフを始めたこともあって、行き来していたゴルフ場の近くに別荘を作りました。そろそろ20年になります。
その家が出来てからは、毎週金曜日になると週末モードに入って、向こうの家に行く。そこでは、朝から何をしても自分の勝手。庭の草むしりしたり、花を切ったり、ゴルフの練習に行ったり、気が向いたらラウンドするという生活。それからは一回も胄炎が起きない。もともとじっとしていられないタチだから、別荘でも何かしらやっているのだけれど、緊張はしていませんから回復するのですね」

□最近の別荘地は、ライフライン完備です。
「例えばプロパンガスだって、メーターがついていて、業者が定期的にチェックして取り特えてくれるから、都市ガス同様です」
「山奥ってわけじゃないし、車でちょっと行けばホームセンターがあるし、スーパーも大きいのがある。食料の範囲なら、東京と同じものが揃ってます。
別荘生活といっても、ごはんは炊飯器よ。薪は暖炉用。暖炉に火を焚いてお酒を飲的とか、非日常的な暮らし方がいいですもん」
「別荘では、労働するといっても、非日常的な労働ですよね。東京ではできない薪割りとか草刈りとかを楽しみでやるだけです」「私は、草刈りもお金を払ってやってもらってます」「めちゃくちゃ便利である必要はないのだけれど、ベーシックな便利さはないと暮らせないですよ。例えば、洗濯機とオーブンは最低必要だわ。なんでも多機能になった日本製品だけれど、別荘生活は単機能でいいという感じ。生活自体がシンプルを求めているのに、複雑さだとかスピードは要らないからね」
「原始生活とか自給自足なんて考えてない。若い人たちのマニアックなホビーじゃなくて、心を遊ばせに行くのですから」

□自然の実感。
「キツツキが雨戸に穴を開けたりして、塞いでも又すぐ開けるから、もうそのまま。戸袋もズタズタにされたけれど、もう直しません」
「住むなら常緑樹より落葉樹が多い所。季節の変化が刻々と楽しめます」
「クモ、ムカデ、ブヨ、アブ、スズメバチ、ヘビ、ネズミは先住してたのだもの、こちらが慣れるしかないいちいちキャーッでは暮らせませんしね」
「サル、イノシシ、ハリネズミ、リス、タヌキ、ハクビシン・・・。でも、追いかけられるわけではないのでね。農作物への被害を聞くと、別荘地開発と自然の折り合いは深刻だと思います」

 

3.自然の中での暮らしは、新しい人間関係を育ててくれる。

人間関係を活気づけるのは自然の産物

●家族、とりわけ夫の役割が浮上しました!                                                                   田舎に行くと、夫達は張り切る。薪割り、草取り、野菜作りバーベキューも率先する。非日常的な労働だから、楽しいらしい。
男性は自然感覚より技術指向タイプが多いから、庭づくりより野菜づくりが向いている立派な野菜づくりに燃えたりしてね!

●土地の人、移住してきた隣人との間に、協調関係が生まれました!                                                     土地の人との協調は時間が作ってくれる。初めは花を引っこ抜くなどのたわいない意地悪もあったけれど、お互いの役割とバランスが生まれてきた。
新住民の文化活動に旧住民が混じってきて、新しいコミニティが芽生えている。

【人間関係を活気づけるのは、自然の産物】                                                                 土地の漁師、魚屋さん、農家のおじさんは、皆親切。頼めば分けてくれるし、食べ方も聞けば教えてくれる。

自然の中では自分も家族もそれぞれに幸せ

別荘地暮らしが中心で時々東京へという人は、「都会に行くと、すべてが直線という感じで、刺激が強すぎます。帰るとホッ」。
週末が別荘葬らしという人は、「着いたとたん、時間を考えないですね」というように、自然モードヘの切り替えはスムーズです。女性は元々体の生理からして、男性よりはずっと自然に敏感だからでしょうか。別荘地での自然の楽しみ方も、女性は草花、ガーデニングで自然のとりこみ方に夢中になるそうです。ところが男性たちは、ここでも技術指向。
「立派な野菜を育てるぞぅ!と張り切ります。日頃にしない労働に燃えて、技術を尽くす楽しみが始まるのね。だから、男性は庭づくりはダメで下手。サラリーマン時代に昼ごはん食べながら見た公園の植え込みがお手本ですもん!」
「でも農作業はいいですね。手をかけた分だけ実りますから、成果が計れるし、男性には向いていると思います」と、自然とのふれあいにも男女の適性があることが話題になりました。ともかく、家族それぞれが幸せな時間を通れる自然に、感謝です。

自然だけでは生きていけない。楽しむ暮らしは人とするもの

□別荘では、夫が動かします。
「ライフライン完備といえども、やっぱり自然の中。男と女の役割分担が出来てきて、夫が働きますよ。家が傾斜地にあるので、草刈りや伸びた木の枝を払うとかの力仕事は自然に夫の仕事になってます」「気持ちにゆとりが出ているからでしょうね。東京の家では脱げば脱ぎっぱなしなのに自分のことは自分で始未する。自分自身を楽しんでいる時間だからですかね」

□別荘の週末生活者は、土地の気質に惚れています。
「静岡の人たちってやさしい。気候が温暖なせいもあるのかな。週末しかいかないから野菜とか1週間は放ってあるでしょ。トマトを採っておいてあげたわよとか、虫がついてたから除いておいたとかしてくれる。お願いします!分かった分かったって感じです」
「でも、住み着いた人には地元の暮らし方との間に軋轢も葛藤も生まれてますね。地域に昔からある習慣にお付合いするとなると、役割分担で疲れちゃうと聞きました。旧住民と新住民の違いを納得しあって暮らさないと、お互いにムリしちゃうのでしょう。暮らし方の波長も違うんだし・・・」
「波長の違いははっきりありますね。のんびりだし、緊張感が違う。でもね、分かってくると、それでいいんだなって、ここでの生き方なのだって納得します。
例えば、病院。引っ越してくる人って、まず病院はどうですかって聞くの。それが心配なら東京で暮らした方がいいって思う。だって、地元の人は地元の病院や医療施設でケアされて、地元で死ぬわけですから。自分もそれでいいって思えるようになりました」

□移住者が作りたいコミュニティは、文化のネットワークです。
「自然だけじゃ飽きちゃいますよ。私が伊豆高原で別荘地の人たちに提案したのは、年 1回のアートフェスティバル。もう14年間続いています。人にご披露したい技とか芸を持っている人は、アートフェスティバルの期間中、自分の家の上間とか庭先とかリビングをギャラリーにして皆に開放するという活動です。初めは、ディスプレイという感覚がなかったせいで、展示の仕方が虫干し状態に汚かったりしたけれど、参加する楽しみで広がって、今や地元の小学校、中学や高校までが参加してくれるようになりました。最近では、フェスティバルを意識して、家を立てる時に玄関脇に靴を履いたまま入れるギャラリーを作る人まで出てきました。
それに、この活動は、同好の士発見の機会にもなっている。今まで自分だけひっそりと趣味でコツコツ帆船を作っていた人を説得して展覧会を開いてもらったら、たちまち仲間ができたとか。そこに暮らす楽しみが広がって喜んでもらいました。
広い別荘地に皆別々に移転してきたわけだし、どうやって友だちを作っていいのか分からなかったのが、出会いの場ができ、地元の人たちとの交流のきっかけにもなった。家を開放して、自分が解放されたってことです」

 

4.自然の中の食生活は、地元直結。風土の恵みを噛みしめて、土地への愛が身についてくる。

自然の中で身に付いた旬感覚は贅沢というより懐かしさ。季節に先駆ける食生活への反省が大きい

●都会生活では、「不健康」という言葉に過敏にならざるを得ない。                                                     暮らし方、食べ物、食べ方など、こりゃまずいと思うと、次々と処置を施さずにいられない。「不健康」という言葉に過敏すぎるかも知れない。

●自然の中で暮らすと、自然の恵み生活は「ばっかり生活」。大根ばっかり、キャベツばっかり。                                                                                 出始め、盛り、終盤と、見た目も味も変わっていく。食べ方の知恵も広がります。

●特産地の喜びを分けてもらう生活は、土地への愛情を育ててくれる。                                                  桃、ぶどうのハネダシをいただいて、ジャムに料理に工夫する。作った人の顔が見えるから大切に最高の食べ方を心がけます。

都会生活に自然のおいしさを取り戻したい

地元発の食べ物情報を集めてはいかがでしょうか。                                                           たくさんとれた野菜の食べ方、ピクルス、お漬物の作り方も知りたい。山菜やハーブをふんだんに使った、地元シェフたちのご当地メニュー。
旬の時期に、東京の料理研究家たちと農家でメニュー開発合宿はいかが?スーパーで小分けして売られている野菜からはとても思いつかない自然の味わい方が、実感的に発見できるに違いありません。畑、山里の農家、漁港には、都会人が忘れていた自然のおいしさがいっぱい育てられているらしい。
割れそうに完熟したトマト、一日目を離したすきにバカでかくなったキューリ、 皮ごとかぶりつくとバシッと果汁が飛び散る桃・・・。知らない「旬」にたどり着きたい気持ちが湧いてきます。都会から移住した人は、農家の人たちを自宅に招いて、「都会風メニュー」を伝えてもいいのです。「旬」の食べ方は、出始めから終盤まで、それぞれ新メニューがありそうです。都会と農家の競演はいかがでしょう。

地のものの楽しみ

□畑の実り
「畑をやるなら、毎日そこにいないと無理。」
「週末だけ行くから、次の週に行くと、熟れすぎちゃったり、虫がついて坊主になったりしています。この間、もろきゅうを植えて、次の週楽しみに採ろうかなと畑に行ったら、フランクフルトソーセージみたいになっちゃってた。花はいいけれど、野菜はそこに居座っていないとダメですね」
「せっかくだからと農薬も使わないし、虫がいようと雑草が生えようと適当ですしね」「近くの農家の人は、意外とすぐ消毒しちゃう。りっぱな形と大きさの野菜ができていますものね。家のはしょんぼりしてますけど、それでも嬉しくて楽しいです」

□「旬」の楽しみ方
「カブの時期は、カブばっかり。大根の季節は、大根ばっかり。でも、出始めは小さくて柔かくて、盛りになると形も大きさも味もしっかりして、終わりが近づくと皮は硬くなるけれど味は濃厚という風に、段々変化してくるの。だから、食べ方も工夫します。夏の野菜は種類も多くて楽しみがいっばい。きゅうり、茄子、トマト、モロヘイヤ、しょうがなんかを、お魚屋さんが畑で出来たからって持ってきてくれるの。すごい量だけれど、一生懸命食べますよ。作った人の顔が浮かぶし、感謝して食べます」

□地元のおいしい食材は、要求しないと出てきません。
「鎌倉に越してきた当時は、ほんとに何もなかったの。海のそばなのに、捕れた魚を食べさせてくれるレストランもなかったんです。いろいろな魚が捕れているはずなのに、マグロしか懺いてなかった。お客さんはマグロが好きと決めていたわけ。
ですから、イワシやサバも出してって、ずい分叫びましたよ鎌倉は東京の文化人たちの保養地だったから、東京の嗜好にあわせて商売していたのね。
でも、そこの場所でしか味わえない食生活をしたい人たちが増えて、この30年で随分変わりました。
最近では、近郊の農家が4日に1度の割りで市場を開いていますが、その内容はすばらしく成長しました。野菜は自然のものですから、その時によって何もなかったり、イタリアの市場に匹敵するくらいの品揃えがあったりします。トレビスでも白にピンクの斑入りのものもあるし、ルッコラやバジルも大きな袋入りで採れたてが並ぶんですC世界の料理ができるくらいの種類の野菜が揃いますよ。
これというのも、利用する人たちとの情報交換に熱心だったからでしょうね。イタリアで種を買って来て、お百姓さんに作ってみて!とお願いしたりもしましたよ。おいしい地のものを食べたかったら、食べるほうにも熱意が必要なんです」
「農家の主婦たちが頑張る産直所は、車で通りがかりに寄るけれど、楽しみですね。八百屋さんに並ぶのは、きゅうりもみんな同じ顔しているけれど、産直所のは個性的。食べ方を工夫させられて楽しいです。季節を味わう知恵をひねりますもの」

 

5.けれどやっぱり、都会が好き。自然再生の道も探りたい。

「不健康」という言葉に過敏になった分、求める自然イメージ鮮明になりました。

●育って、仕事してきた場所ですもん!離れません。                                                 週末は別荘へ。休暇をとるなら自然の中へ。けれどまだまだ都会の便利生活は離れられません。老後は都心生活かも。

●自然買います。緑、土と水と太陽に拘った季節の野菜や果物、天然素材の布地も選びます。                                 諸事情で東京離れません。自然満喫は、旅行でします。食べ物は自然最優先。お取り寄せ便の愛用者です。

●都心から離れるのなら、文化と歴史がある都市を選びます。                                                  鎌倉、仙台、盛岡・・。歴史を大切にしている場所は住む人の文化意識が高いし、自然がデザインされて残っているから惹かれます。

都会の自然は勝ち取るものです

都会でのこれからの暮らしを考えると、自然の確保は大きな課題です。子供の頃の原風景にあった当たり前の自然が消えて、町がビルと人でいっばいになり、川は暗渠になって水の流れを目にすることも減ったのですが、そのことを残念に思う年代は、私たちで終わりでしょうか。東京っ子も地方出身者も、50代60代なら緑の草木に囲まれて育ちました。だから、こんなにも緑が恋しかったりするのでしょうか。都会でのこれからの暮らしを考えると、自然の確保は大きな課題です。
子供の頃の原風景にあった当たり前の自然が消えて、町がビルと人でいっばいになり、川は暗渠になって水の流れを目にすることも減ったのですが、そのことを残念に思う年代は、私たちで終わりでしょうか。東京っ子も地方出身者も、50代60代なら緑の草木に囲まれて育ちました。だから、こんなにも緑が恋しかったりするのでしょうか。

東京の自然生活

□ もっと都心へ行こうかな。
明日から仕事はおしまいというわけにもいかないし、どう整理して別荘との生活を続けようかなと考えているところです。きっかけは義母がなくなって、これからどうしようかって夫と話したことかな。
結局は、東京と三島の生活は表裏一体。東京を引き払ったら一挙に緊張感がなくなって、オバサンになっちゃうのかなと、両方続けることにしました。
それにしても、東京の生話は、もっと機能的に考えて、もっど都心にと考えています。仕事が終ったり、思い立ったらそのまま二島に直行できる便利な場所に住もうということです。コンパクトでもいい、マンションでもいい、便利優先かな」

□お取り寄せは「自然」がテーマです。
「あちこちに、自然を美味しく食べることに情熟を傾けている人がいるのです。 目下私のお気に入りは、三重県美杉村リゾートで作られているパンと地ビール。昔は木材を買い付けにくる人たちのための旅館だった所だそうでずが、北イタリアのフラーラから貰ってきたパン酵母と湧き水を使い、石釜で焼いているパンがある。毎週送ってもらっています。とにかく、自然の中で自然のままに作るものは、自然の影響を受けるわけだから、気候次第の味が届くの。それがまたいい。地ビールも同じです。自然の恵みに愛情をかけて、最善を尽くすのみという考え方に共感しますね」

□女の人は、これだ!と思うとリアクションが旱い。自然にも敏感です。
「女性のほうが、自然がなくなることに敏感ですよ。毎日の生活の中で、自然が人間に及ぼす影響を肌で感じてますからね。生理もそう、子育てもそう。これだとなったら、突進型ですね」「男の人は、ボーっと自然にひたるわけじゃない。畑で立派な野菜を作ろうと目標をたてたりする。牛産的な生活がクセになっているからね。健康のために何か作ろうというときでも、作る技術に夢中になって、自然を目標にしているのに、薬品で調整なんかしちゃうのよ」
「だからかしら。男の人の庭づくりは評判が悪いのね。野菜はいいけど花はダメ。なにしろサンプルが公園の植え込みだから、季節毎に、今が盛りの花と全とっかえするスタイルになっちゃうの」「都会のガーデニングも、種から育てる余裕がほしい。また今年も咲いてくれた、こんなに育ってくれたという庭いじりのほうがホッとします」

□何事によらず、パーフェクトが目標はキツクなりました。
「働き方も、モノを作る努力も、ストレスになるまでパーフェクトを目指すのは辛くなりましたね。ずっと休む間もなく働いて作られたものより、多少の凸凹があっても気候や風士に合わせて出来上がったものに、共感が湧きますもの」。それにしても、女性たちとて、技術志向の流れに乗ってきたことは間違いありません。思い立ったが吉日、そんな反省を胸に、都会生活を立て直すつもりです。

 

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